rare_and_unreleased.jpg 1966年から1974年までのアウトテイク35曲。アレサを手がけたジェリー・ウェクスラーが編んだ未発表音源集は、とにかくアレサへの愛に満ちあふれた丁寧な仕事から生まれたアルバムだ。こればかりは日本盤のウェクスラーの解説を読みながら聞きたい。実にアレサへの信頼、尊敬、愛情に満ちた最高の解説なのだ。もちろんアレサをスターダムに押し上げたのがウェクスラーだが、自慢話はいっさいない。裏方として、これらの音楽がいかに生まれたのか誠実に説明してくれる。このアウトテイクを作ったときウェクスラーは91歳。

 実に様々な曲がおさめられている。スイングしたくなるグルーブ感に満ちた曲もあれば、こちらの涙を誘うスイートなバラード、ゴスペル・ソウルの崇高な力強い曲もある。どんな曲でもアレサは歌いこなしてしまう。しかも、けっして激しくシャウトしているわけではないのに、魂からの叫びがこちらの魂も揺さぶるのだ。

 アウトテイク集というとばらばらな曲が記録として並んでいるというものがけっこうあるが、このアルバムに関しては、そうした「とりあえず、眠っていたものを発掘してきました」という雑さがまったくないのだ。年代を追いながら、60年代から70年代にかけて、黒人のための音楽ではなく、音楽に人生の誠実な喜びを求める人すべてに向けられた音楽へと、世界が広がってゆくのを実感するのだ。

 そして最大の愛。それはウェクスラーのもとに送られた、ピアノの弾き語りのアレサのデモ・テープから始まり、やはりピアノの弾き語りで終わる、この構成だ。最後の曲はAre you leaving me...彼にとっての本当に愛は、自分のもとを離れて、さらに広い世界へと出て行くことを、心から見送ることになったのだろうか。

music_of_my_mind.jpg 自分の創造したい音楽を実現してくれる楽器を手に入れたあふれんばかりの喜びが伝わってくる、若々しく高い志に満ちたアルバムである。シンセサイザーと出会い、とりあえずいろいろ試してみたのではなく、すでに自分の意図のもとに、自分の音楽にあわせてこの楽器を使いこなしていることに驚く。

 1曲目は、後年の慈愛に満ちた表情からは想像もできない、かなりアグレシッブなファンク・ロックだ。はじまりのかけ声からしてテンションが違う! その後の「マ、マ、マ、マ、ベイビー」の激しい唸り声に、最初から圧倒される。2曲目は反対にその後のスティーヴィとの共通性を感じる、甘美な名曲。しかしぼくが一番好きなのは、3曲目のI Love Every Little Thing About Youだ。ささやくようなヴォーカルから始まり、「チャ!」、「シュ! パア!」というバックコーラスにのせられながら、曲は次第にアップテンポになって、一気にサビへとはいり、I love, I loveのタイトルフレーズの連呼になる。最後の盛り上がり、ドラムのスネアが最高に効いていて、それに太いスティーヴィの声、女性コーラス。あっという間に終わってしまうのだけど、このグルーブ感は至福の一瞬だ。

 そして最初にバラカン・モーニングで耳にしたHappier Than Morning Sunの瑞々しさ。アコースティックギターの音色に、少しだけヴァーヴのかかったスティーヴィの声のとろけ具合が最高なのだ。

 このアルバムはいわゆる「ソウル」のアルバムには属さないし、かといって、当時聞かれていた「ロック」でもない。シンセサイザーとの出会いは、おそらくそうしたジャンルの制約を打ち破るにあまりあるものだったのだろう。とにかくこのアルバムには、時代を駆け抜けてゆくスリルがある。8曲目のKeep On Runningなどはそんな張りつめたスピード感をもっともよく表しているだろう。そして最後のEvilは、シンセの音の粒子が飛び交い、スティーヴィらしい崇高感を抱かせるスケールの大きな曲だ。

 自分でも抑えられない音楽が次々と流れてくる、それをシンセによって実際の音にして、曲ができてしまう。無限の創造意欲がこのアルバムに普遍的な力を与えている。だから確かにトータルアルバムではないだろう。しかしだからこそ、その奔放さには限界がないのだ。22歳という若さですでに達してしまった恐ろしくレベルの高い完成度。天才スティーヴィ・ワンダーがこのアルバムから始まった。

if_youre_lonely.jpg ピアノの音が流れる。しばらくしてドラム、ベースが加わり、ぼくとつとしたヴォーカルが始まる。そのバックにはゴスペル風のコーラス。Singin'Only you can help meが祈りのことばとして伝えられる。そして間奏にスライド・ギターとストリングス。控えめであり荘厳であり、ロックであり、ソウルであり、こんなアレンジの曲があったのかと驚きながら、海にたゆたうように曲に誘われる。

 二曲目はピアノとハーモニカが、If You're lonelyというタイトル通りの音色を奏でる。たとえばポール・ウィリアムを思い出させるようなせつなさだ。

 ジャケットからは、おだやかでのんびりした私的な空間で奏でられる音楽という、SSWらしい雰囲気が伝わってくる。しかし、このアルバムはそれだけにとどまらない、スケールの大きさがあると思う。聞いていて静謐な気持ちにうたれるのは、叙情さだけではなく、宗教的な荘厳さがあるからだ。最後の曲Christ, it's mighty cold outsideはピアノにのせてせつせつと祈りのことばを歌う。もしKazの声が少しでも低かったら、もはやポピュラー音楽として聞き通すことは難しかっただろう。また聞く人をおそらく限ってしまったに違いない。しかし彼のうれいを帯びた声が、このアルバムを普遍性をたずさえたロックの良質盤にしてくれている。

 このアルバムが90年代後半に「名盤探検隊」の一枚として人気を集めた理由がわかる。孤独で憂愁に満ちたヴォーカル。その感情を高めるストリングスの物悲しさ。しかしそれをサポートするアレンジと楽器はあくまでも力強いのだ。ソウルフルであり、かつファンキーな奥行き。その希有なバランスがこのアルバムの魅力なのだ。