Nico

Nico, Chelsea Girl (1967)

chelsea_girl.jpg 恋人の贈ってくれた歌を歌う時、人はどんな気持ちになるのだろう。愛し合う者同士の心は、きわめて私的なものだ。ジャクソン・ブラウンの曲を歌うときの、ニコの心情、ニコの歌を聞くジャクソン・ブラウンの心情、ふたりの想いは決して外の人間にはわからない。それなのに、私たちは、アルバムを聴きながら、ニコの声に心をうたれる。音楽の限りない魅力の秘密は、きわめて個人的なものが、多くの人々の心に共感を得て広がっていくところにあるのではないか。いつまでも手元に置いておきたい、そんな思い入れを強く感じさせるアルバムだ。

 このアルバムが出されたのが67年10月。その数ヶ月前には、ヴェルヴェットアンダーグラウンド&ニコのファーストアルバムがでている。ロックがひとつの前衛であること、トータルな芸術運動であることを、一つの作品という形におさめた類い稀なアルバムだが、ロックのコミューンとしての性格は、じつはヴェルヴェットよりニコのアルバムのほうが色濃くでているかも知れない。ヴェルヴェットがあくまでもバンドのサウンドを全面に出しているのに対して、ニコのアルバムは、ジョン・ケールとルー・リードのコラボレーションが音作りに生かされているからだ。ニコ、ケール、リードのとりあわせは、ロックが共同体の中から生まれてくる芸術であることを教えてくれる。人と人がある時、偶然出会い、お互いを触発し、強い創造性を生むこと、そこにロックの醍醐味があることを教えてくれる。

 だから、ソロアルバムでありながら、ニコと、彼女を取り巻く様々な人々のサポートによって出来上がったこのアルバムは、合作という感じが強い。しかし出来上がった音はあくまでもストレートでシンプルだ。弦楽器や吹楽器の音は美しく、ニコの声はとても生々しい。その少し鼻にかかったような、しかし芯のある歌い方は、ニコの魂の赤裸々な姿だ。

 死の直前のニコのライブは、すでに祈りにも似た、厳粛なものだった。しかしこのファーストアルバムのニコは、けだるくも、十分に瑞々しさを感じさせてくれる。実は光りにあふれたた、優しさに満ちたアルバムだ。