Sill, Judee

dreams_come_true.jpg このアルバムを渋谷のHMVで試聴したとき、ジュディ・シルのことはまったく知らなかったが、1曲目を聞いた瞬間に、他のどんなミュージシャンにも求めることのできない世界に触れた気がした。試聴機の前で文字通り立ちつくしてしまった。

 宗教的ではないのに、きわめて宗教性を感じさせる音楽と言おうか。もちろん1曲目のタイトルがThat's the spiritとつけられているように、歌詞の内容には神を感じさせるものが多い。しかしその詩の内容よりも、音楽そのものもつ高揚感がそう感じさせる。彼女の声の高音へと上りつめるときの、抑揚のきわめて細やかな変化が、聞いている側を崇高な気持ちにさせる。

 メロディ自体は飾り気のないシンプルなものばかり。ホンキー・トンク調の曲や、フォーク、ポップス、カントリー、そしてクラシックさえもが自由にまざりあっている。だが、1枚目や2枚目の簡素さに比べると、この3枚目には、それまでに見られなかった華やかさがある。それまでの内省的な雰囲気から、希望へと移るような音楽に対する信頼感が感じられる。ソフトな歌声なのに、その歌には彼女の強い確信があるのだ。歌うこと以外の生き方はありえないような心の底からの確信だ。

 このアルバムはデモテープのまま残され、本人の生前には発表されることはなかった。オーバードーズで35歳で亡くなってから、26年の時を経てようやく発売へと至った。ローラ・ニーロの初期のアルバムにも鎮魂歌のようなものを感じるが、どちらかというと厳粛な気持ちを起こさせる雰囲気があって、明るさが指してくるのは、活動休止後に出したSmileぐらいになってからだろう。それに対してジュディ・シルは同じ鎮魂歌であっても、彼女の生き様とは正反対に本質的におだやかなのだ。魂の救いや、希望というものをこれほどまでに素直に表現したミュージシャンは希有なのではないだろうか。

 そして再発にあたったジム・オルークを始めとするスタッフの愛情がそのまま伝わってくる丁寧な作業ぶりが目をひく。その後ライノからデモテイクがたっぷりとはいった1枚目、2枚目の再発、そしてロンドンでのライブの発掘音源と、ジュディ・シルの仕事をしっかりと歴史化するアルバムが出されることになった。