声を主体にした人間の活動と、文字が現れて以降の人間の活動の変化を対象とした研究である。この中で特に扱われているのは、ホメロス問題に発する、古代ギリシアの声の文化から文字の文化への移行の問題である。ホメロスの叙事詩とは、まさに口承の文化であり、詩人は、詩の中に託された社会にとって重要な情報を、その社会という共同体の人々に語り継いだ。つまり声の文化とは共同体の文化であり、声とは個人のものではなく、共同体のものである。それに対して文字の文化は、正確に物事を論証し、人間が論理的活動をすることを可能にした。この物事を深く考えるとは、まさに個人が内面で行うことであり、文字の文化は、個人の営みを可能にしたと言える。共有される知識の伝達が声の文化ならば、文字の文化は、個人の思想の正確な表現であるといえよう。
J-W・オング『声の文化と文字の文化』(藤原書店)
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