この作品に描かれる世界は、透かしガラスを通してスケッチされたような印象。もう決して実物に触れることはできず、鏡に映った表情だけしか私たちには届かない。その憧憬とノスタルジーが控えめに音楽を流れている。
シンセサイザーの音が丁寧に重ねられ、奥行きのある世界が造形される。しかし重苦しい感じはまったくなく、軽やかで心地よい。
もっと近くで見つめていたい
柔らかな髪に指すべらせて 「アイリス」
たとえば、こんな透明な距離感が、このアルバムの風通しのよさを象徴している。
基本的には内向的なアルバムだ。それぞれの歌の主人公は、彷徨っていたり、漂っていたり、あるいは立ち尽くしているだけだ。ただそこから、ずっと広がる世界を見つめる視線の可能性がある。
果てなくつづいてゆく
空に舞う鳥を見つめ 「ハワースの荒野」
ここから始まる 君のすべては
眺めのいいこの部屋で 「眺めのいい部屋」
そしてタイトルにも使われている「光」の淡さ。輝くような明度はなく、音の中に静かに吸収されていくような淡さである。夜明けの光(「渚」)、霞む風景(「霧の中の白」)、黄昏の光(「ハワースの荒野」)、そして木漏れ日(「眺めのいい部屋」)。たとえ降り注ぐ光があったとしても、それはもはや遠い過去の記憶の風景として、淡いシルエットになってしまっている(「シルエット」)。
基本的にはどの曲もたゆたうような色調で、リズムというよりも、ゆっくりとしたうねりがよせては返すような印象を受ける。とはいえ、決して感傷的なムード音楽には流れていない。たとえば次のような言葉の音と連なりが、きちんとしたリズムを刻んでいる。
吹き荒れる/西風の
ざわめきも/聞こえない
張りつめた/眼差しで
閉ざされた/心の扉を叩く
こうした同じ音の連なりによって、曲に適度な張りが生まれ、私たちに爽やかな緊張感を与えてくれる。
今回のアルバムは10年ぶりに作られた3枚目の作品ということだが、どの曲も本当に丁寧に作られている。歌詞のひとつひとつ、シンセサイザーの一音一音が丁寧に選び抜かれている。もうこの音しかないというぎりぎりのところまでつきつめた厳しい職人技だからこそ、逆に柔らかく包み込むよううな優しい音の世界を創造できたのだろう。