rhymes_reasons.jpg 一流のミュージシャンには「歴史的名盤」が存在し、そうしたアルバムを聞くと、ついつい他のアルバムを聞かずじまい、ということがよくある。キャロル・キングの場合も『つづれ織り』という決定的名盤があり、その後に出されたアルバムは、たぶん良いに決まっているし、まああえて聞かなくてもという気になってしまっていた。

 ところがどっこい、やはり一流ミュージシャンというのは、どのアルバムであっても、そのミュージシャンにしか求めようのない独自の音楽を聞かせる一方で、そのアルバムにしか存在しない唯一のテイストというものもまた作り上げてしまうのだ。アーティストの普遍性と、その一枚のアルバムにこめられた唯一性ーそれをあらためて確認したのがこの「Rhymes & Reasons」である。このアルバムは4枚目、『つづれ織り』から2枚目にあたる。SSWという以上に、バンドアンサンブルが実に効果的に生かされている。とはいえあくまでもひかえめ。『つづれ織り』の1曲目のようにアップテンポでせまってくることはない。不器用な感じのストレートな歌い方でもない。むしろ『つづれ織り』の次に出された『Music』の1曲目「Brother, Brother」のまろやかさに近い。でも似ているようで、このアルバムにしか感じることのできないものがある。それはアルバムを1枚ずつ経るごとに実感できる落ち着きのようなものだろうか。

 1曲目Come Down Easyはパーカッションの音の暖かみが伝わる佳曲。3曲目のPeace In The Valleyも最初のメロディラインが実に印象に残る素敵な曲。4曲目Feeling Sad Tonightや5曲目First Day in Augustは、シンプルでいて、でもストリングスが実に効果的に使われた名曲。6曲目はベースとドラムのリズムセクションが、控えめながらも、軽快なテンポを与えてくれる。そしてストリングスをバックにキャロル・キングがハミングするパートがとってもチャーミングだ。そして一番好きな曲が最後のBeen to Canaan。サビのBeen so long, I can't remember whenのメロディ。ずっとロックを聞き続けていても、いまだにこんなに美しいメロディに出会えるとは! ほぼ40年も前のアルバムなのに、今生まれてきたかのような新鮮さをもって、何度でも心にあふれる喜びを感じながら聞けるアルバムだ。

dreams_come_true.jpg このアルバムを渋谷のHMVで試聴したとき、ジュディ・シルのことはまったく知らなかったが、1曲目を聞いた瞬間に、他のどんなミュージシャンにも求めることのできない世界に触れた気がした。試聴機の前で文字通り立ちつくしてしまった。

 宗教的ではないのに、きわめて宗教性を感じさせる音楽と言おうか。もちろん1曲目のタイトルがThat's the spiritとつけられているように、歌詞の内容には神を感じさせるものが多い。しかしその詩の内容よりも、音楽そのものもつ高揚感がそう感じさせる。彼女の声の高音へと上りつめるときの、抑揚のきわめて細やかな変化が、聞いている側を崇高な気持ちにさせる。

 メロディ自体は飾り気のないシンプルなものばかり。ホンキー・トンク調の曲や、フォーク、ポップス、カントリー、そしてクラシックさえもが自由にまざりあっている。だが、1枚目や2枚目の簡素さに比べると、この3枚目には、それまでに見られなかった華やかさがある。それまでの内省的な雰囲気から、希望へと移るような音楽に対する信頼感が感じられる。ソフトな歌声なのに、その歌には彼女の強い確信があるのだ。歌うこと以外の生き方はありえないような心の底からの確信だ。

 このアルバムはデモテープのまま残され、本人の生前には発表されることはなかった。オーバードーズで35歳で亡くなってから、26年の時を経てようやく発売へと至った。ローラ・ニーロの初期のアルバムにも鎮魂歌のようなものを感じるが、どちらかというと厳粛な気持ちを起こさせる雰囲気があって、明るさが指してくるのは、活動休止後に出したSmileぐらいになってからだろう。それに対してジュディ・シルは同じ鎮魂歌であっても、彼女の生き様とは正反対に本質的におだやかなのだ。魂の救いや、希望というものをこれほどまでに素直に表現したミュージシャンは希有なのではないだろうか。

 そして再発にあたったジム・オルークを始めとするスタッフの愛情がそのまま伝わってくる丁寧な作業ぶりが目をひく。その後ライノからデモテイクがたっぷりとはいった1枚目、2枚目の再発、そしてロンドンでのライブの発掘音源と、ジュディ・シルの仕事をしっかりと歴史化するアルバムが出されることになった。