Fabre d'Olivet, Les vers dorés de Pythagore expliqués (1813)

 Fabre d'Olivetによるピタゴラス『黄金の詩』フランス語翻訳につけられた詩論である。論文タイトルにあるように、詩を「本質」と「形式」に分けて検討している。

 以下簡略訳をしながら要旨をまとめる。

 序文で、ピタゴラスの詩のフランス語訳が、フランス語自体にもたらす有用性に触れた後、第一章では、まずベーコンの『学問の尊厳と進歩』を引用し、詩が本質と形式に分けられていることに言及する。本質とは、想像力に属するものであり、これだけで学問の一分野を構成する。形式とは文法に属するものであり、哲学の、理解の合理的形式に包含される。この考えはプラトンに流れを発するものであり、プラトンによれば、詩はひとつに思想にそれに合致した形式をあたえる技術であり、これはたんに才能による。もうひとつは、神の啓示である。したがって、詩人とは単に詩作の才能をもった人間と指すのではない。魂を高揚させるこの神の熱狂を身にたずさえてこそ、詩人となるのである。

 この意味で、オルフェウス、ホメロス、ピンダロス、アイスキュロス、そしてソフォクレスの名声が、単に作品の構成、詩節の調和、その才能にあるのだと考えることは誤りである。これらは単に詩の形式に過ぎず、本当の詩というものは、詩人の精髄(génie)が、その高揚の状態において、知性(nature intellectuelle)によって捉える本源的な概念(idées primordiales)にあるのであり、この概念は、続いて、詩人の才能によって、自然要素(nature élémentaire)の中で明らかにされる。これは自然界の物質の似姿を、魂の啓示を受けた動きに会わせるのであって、この動きを似姿に合わせるのでは決してない。これについては、ベーコン自身が次のように言っている。

「感覚の世界は魂の世界より劣っている。詩がこの性質に、現実が拒んでいるものを与えなくてはならない。詩が新たな存在を生み出すのだ。摂理の歩み(la marche de la Providence)が、出来事に潜む最も隠された原因を明らかにするのである。」

 ベーコンにとって詩の登場人物とは仮象であって、それら登場人物の善悪、行為の中には深い意味が込められており、そこに宗教の神秘、哲学の秘密が隠されているのである。現実世界の法を離れた行為の根底には、崇高なる哲学が潜んでいるのである。それが本質と呼ばれるものであり、形式が時の流れとともに変質するのにたいして、本質は不変である。

 この本質とはアレゴリーの精神(génie allégorique)、啓示、すなわち精神の魂への流入によって直接生まれるものである。それは上に述べたように、知性(nature intellectuelle)においては潜在的に留まっていたものが、行為によって自然要素(nature élémentaire)を通過することによって顕在化するのである。詩人の詩作とはこの自然要素に感覚しうる形式をまとうことである。これが神的な啓示であって、知性(nature intellectuelle)から生まれでて、時代、民族を越えて共通である。これが精髄(génie)を作り上げる。一方、俗に啓示と呼ばれている、心の内的な動き、未完成な感情(passion)の方は、感性(nature sensible)に備わるもので、こちらは時代、風俗によって様々に変化する。こちらは精神(esprit)と呼びうるものだ。

 こうしたことは新しい発見ではなく、ヘラクレダイ一族、ストラボンが指摘していることであり、デュオニュシオス・ハリカルナッセウスが「自然の神秘、道徳の最も崇高な概念は、アレゴリーのベールによって覆われた」と言っている通りである。

 古代ギリシアの初期においては、詩とは祭壇にまつられ、人民の教化(instruction)のためにのみ、神殿から出された。つまり、詩、詩節で書かれたテキストとは、神託、教義、道徳戒律、宗教上の、あるは社会生活上の決まりなどである。その意味で詩とは神の言葉である(Fabre d'OlivetはCourt de Gébelinを引用し、語源的にもpoésieはlangue des Dieuxを意味するとする)。

 この詩の起源はThraceトラキアであり、それを聞かせた者をOlenと呼んだ。Fabre d'Olivetはそれぞれの語源をl'Espace éthéré、l'Etre universelであるとする。

 さらにこれらpoésieの歴史を考えるうえで、そこにはフェニキア人の言葉の影響がギリシアの地にれっきとして残されていることを考えなくてはならない。

 トラキアは古代ギリシアの信仰の中心であった。このトラキア人たちからギリシア全体へ神の神託が広まったのである。デルフォイの神託も同じように考えることができるであろう。この2つの信仰は、前者がバッカスとケレス、あるいはディオニソスとデメテル信仰に、後者が本来のギリシアにおける信仰、アポロンとディアナ信仰となった。

 この分裂がどうであれ、ながらくギリシアを支配したのはトラキアの信仰であり、デルフォイの信仰はほとんど知られていなかった。その近くに生まれたヘシオドスがなんの言及もしていないのがそのよい例である。ミューズ、詩の女神がうまれたピエリ(Piérie)もトラキアの山である。