このアルバムは、まるで自分自身に対する鎮魂歌のようである。初期の3枚にあった激しい情念はここではすっかり昇華されている。しかし確信をもったその歌い方は、初期のアルバムと変わらない。強い情念として歌を表現する代わりに、ゆっくりとやさしく、しかし強靭な精神をたたえて歌が表現される。
「癒し」とはいったいなんだろうか?心が平安を取り戻し、前向きになれるということだろうか?ローラ・ニーロの声を聞いて感じるのは、そうした単純な自己肯定ではない。もっと深く自分の生をみつめ、その生を愛する、その人生のすべてを含み込んで愛する、きわめてひかえめな態度だ。それは肯定ではなく、希求だ。
Angel of my heart
Come back to me
Angel in the dark
So I can see
Cause I can't live no more
Without an angel
Of love so if you hear
祈りの中の愛の希求、ここにローラ・ニーロの音楽が真のソウル・ミュージックであると言える理由がある。誰かが、何かがそばにいてくれないと、すぐにもくずおれてしまうような弱さ、そんな弱さを抱え込みながらも、人生をしっかりと自分の目で眺め、自分の足で歩んでいく、達観した強さ、それがローラ・ニーロの魂だ。彼女のまわりでは天使だけではない、子どもたちや、犬たちも彼女のやさしいまなざしとほほえみの中、踊っている。ニューヨークのビルの屋上に偶然根をおろした一本の草花への愛から、大地にしっかりと根を下ろした木々へ愛へと、ローラ・ニーロのみている世界は変わっていった。しかし、歌うことによる、対象への愛は、どの時代のアルバムであっても、どの曲であっても変わらない。
このアルバムにはキャロル・キングのカバーなどもおさめられているが、オリジナルを知らなければ、すべてローラ・ニーロの曲だと思ってしまう。それほどどの曲も強い説得力に満ちている。何度も何度も聴き直しても、決して感動は薄れることのない傑作である。
冒頭の、イギリスの田園風景をツアーバスが走り、ミュージシャンたちのインタビューが挟まれるシーンをみただけで、この映画がいかに素晴らしいかよくわかる。ロニー・レインの生涯を素直に追っていく構成だが、使われる映像、写真、そして曲の選択、どれもがいかに制作者がロニー・レインを愛しているかを教えてくれる。
70年代にキンクスがPreservation を発表し、いったいどこに行ってしまうのかという混沌とした状況の中で、結局はアメリカに渡り、ハードロックバンドとして成功を収めたのに対し、ロニー・レインの場合は、そうした道に重なるようでいて、決してショー・ビズの世界には身を染めなかった。
君と一緒に目覚める
朝の光がさしこんでくる
外では犬の鳴き声がする
ファーストソロアルバム(Anymore for Anymore)に収められているTell Everyoneの一節だが、ここに描かれる農村での生活の情景が実際にはどのようなものであったか、今回の映画をみてよくわかった。ファーストアルバムは、セカンド、サードにも増して名曲ぞろいだが、これら素晴らしい曲が、こうした生活だったから生まれたのか、それともこうした生活をしていたにもかかわらずなのかよくわからない。それほどロックとは遠く隔たった世界なのだ。でも仲間との演奏が、農作業や、パブでの談笑や、そうした日々の一部であり、彼らの生活そのものから生まれてきたことはとてもよくわかる。
普通に考えれば、ロニー・レインほど、ロックの裏街道のような人生を歩んだ人もいないだろう。なにせまわりにはスティーブ・マリオット、ロッド・スチュワートという、稀代のヴォーカリストがいた(映画では彼らがいかに才能があり、ロック的興奮のるつぼにいたのかを実感させられるライブ映像があって、どぎもをぬかれる。ロッドスチュワート、まさにスーパースターです)。そしてクラプトンにピート・タウンゼント。マリオットを除けば、みなロックの栄光を掴んだ連中だ。そんな人脈がありながら、ロニー・レインだけはロック的成功とは縁遠い生活を送る。
インタビューの中で、「みな、アメリカへ行こう。アメリカに行けば成功が待っている。しかし実際に行くことはなく、バンドは解散した」という証言がある。すでに病の予兆があったのかも知れない。ロニーは、田舎の生活を続ける。その後多発性脳脊髄硬化症の基金設立のためにようやくアメリカへ行ったときには、基金を横領されるという不運に見舞われる。みなが成功したその場所でロニーだけは裏切られるというのが何とも痛ましい。
マリオット、スチュワートというカリスマティックなヴォーカルがいたので、目立たないのだろうが、しかし、ロニーのヴォーカルはとても素敵だ。何と言ってもアコーディオンやマンドリン、そうしたトラディショナルな演奏に見事に溶け合った声だ。スリム・チャンスに関係する、グリースバンド、ギャラガー・アンド・ライル、マクギネス・フリントも同じ空気をもっていて楽しめるが、やっぱりロニーのヴォーカルが最高だろう。
映画の最後の方で、病気が進行し、もうベースも弾けなくなった(バンドを始めたころ一番人気のなかったベースを担当したというのもロニーらしい)ロニーが、腰をかけて、精一杯声を振り絞って歌う姿が素晴らしい。これが音楽だと思う。ロックを聞いてきて、ロニー・レインに会えてよかったと思う。
インタビューに答えたすべての人々がロニーを愛していた。ロニーのレコードを聞けば、だれもが彼を愛したくなる。そうならないではいられない。
ロニー自身が最後に言っている。「人生は短編映画だ」でも、その短い一瞬に無限の愛が込められている。