Ricœur, Paul

 Réflexion faiteは、Autobiographie intellectuelleと副題がついているように、これまでの知的営みを自らのことばで語った本である。現象学から出発し、テキスト解釈論を経て、歴史と倫理の問題へと至るリクールの思想の変遷が一貫性をもって、比較的簡素なことばで語られている。

・リクールと解釈学(23ページ)
 リクールがフッサール、メルロ・ポンティを読みながら分析したこと、特に後者の『目に見えるものと見えないもの』について分析の中心対象にしたのは、「プロジェ(すべきこと)、動機(行為の理由)、情動の衝動と慣習の交代によって刻まれる動き、絶対的非意志=性格、生命、無意識への同意」であった。

・構造主義批判(32ページ, 41ページ)
 リクールによるレヴィ・ストロースの構造主義への批判点はその思想の「主体なき超越主義」であった。特にディスクール言語学に着目することで、リクールは、1)記号の客観的支配の媒介と傷ついたコギトの意識、2)対話行為において他者を認めること、3)ディスクールのレフェランス志向における世界と存在との関係と、問題系をまとめている。

・メタファーについて(45ページ)
 メタファーは「言語が持つ、今まで存在しなかった接近によって意味を生む力。接近によって、これまでの意味の妥当性は論理性を欠くことになってしまったが、そこから意味論的な妥当性が生まれてくる」と定義される。

・読書という解釈行為。(48ページ)
 読書行為とは世界の再形象化であり、読者の存在する世界そのものの書き換えである。

・メタファー論(57ページ)
 第一段階として、日常言語のレフェランス機能は停止する。第二段階において、世界は操作可能な全体ではなく、私たちの生と計画、すなわち世界内存在の地平として現れる。世界が提示され、そこに住むことで私たちの自己の可能性もためされる。それは自己から離れ、テキストの前で、自己を理解する必然性として理解される。

・soiとmoi(59ページ)
 soiとmoiは対立する。moiは自己の主人であり、soiはテキストの弟子である」記号、象徴、テキストの媒介によって私たちは自己理解するその自己がsoiである。テキストを読むとは、moiとは異なる自己の生起の条件を受け取ることである。

・解釈と世界(74ページ)
 メタファーと語りの言述は、現実を再形象化する、その意味はこれまで隠されていた人間的体験の多様な次元を発見し、私たちの世界観を変形することである。直接、世界を変えるということではなく、世界の見方を再び形作るのである。フィクションにおいては、その世界の非現実生によって読者の経験を形成し直す。歴史は、過去の残された痕跡をもとに再び過去を構築していくことで、同じように経験の再形成化に寄与する。

 始めにリクールは、哲学の伝統の中で扱われてきた想像力(あるいは像)の見取り図を描く。想像力には2つの軸がある。1つは対象に関わる軸。この軸の一方には対象の現前がある。その場には存在しない対象を再現する想像力である。他方には対象は不在である。その代わりに肖像、夢、フィクションが存在する。こちらは生産的想像力である。

 もう1つの軸は主体に関わる軸である。この軸の一方には、批判意識がまったくない状態があり、この場合、像は現実と混同される。他方には、批判意識がある状態で、この場合、想像力は現実を批判する道具となる。

I. ディスクールにおける想像力

 リクールは想像力の問題を言語に結びつける。すなわち隠喩の理論を適用することによって、想像力とはすぐれて「意味の更新」(innovatoin sémantique)を促すものとして捉えられる。想像力(像)は、私たちの心に浮かぶ場面のようなものではない。リクールが依拠するのは詩的想像力であって、それは「響き」(retentissement)に例えられる。響きとは、文字通りの音律ではなく、意味の振幅、意味の力動化(=多義的な意味の生産)と考えられるだろう。

 リクールの隠喩論の重要な点は、隠喩を名詞の逸脱的用法とするのではなく(隠喩を、それぞれの名詞がもつ通常の意味からのずれと考える)、文の中における述語の逸脱的用法としたことである。隠喩において、文それ自体は不適当となる。だが文が不適当となるゆえに、そこに隠喩という新しい適切さが生まれるというのがリクールの主張である。

 久米博は、このことを『テクスト世界の解釈学』で「隠喩は述語論理によって解釈すべき」と述べている。新しい意味は文から生まれる。たとえば、「海は母である」と言った時、この文の字義的な意味は不適当である(海は母ではないから)。しかし、私たちはこの文を読んだ時に、解釈への動かされる。しかもそれは海についてではなく、「母である」こと、すなわち、母とは何か、ということの理解に向かうのだ。解釈によって意味が更新されるとするならば、それは「母でない」が「母である」という矛盾を文が実現しているからだ。

 この矛盾から意味を生むのが隠喩の働きである。アリストテレスは次のように述べている。「よい隠喩をつくることは、類似を見ることである」(bien métaphoriser, c'est apercevoir le semblable)。リクールは、この類似における力動性を重要視する。

「類似とは、それ自体、おかしな述定の用法の機能である。類似は、それまでは離れていた意味領域の間の論理的な距離を急になくしてしまう接近の中に存在する。それによって意味の衝突が生じ、続いて、隠喩の意味の輝きが作り出されるのだ。」

 想像力とはしたがって、意味領域を新たに作り直すことである。この更新の運動こそが想像力である。リクールは、ウィトゲンシュタインの言葉を引き、それを「〜として見る」(voir-comme...)とも呼んでいる。またカントの図式論を援用し、カントの生産的想像力は、「隠喩的述語付与を図式化することによって、発生する意味作用にイメージを与えることである」(久米、p.116.)とも言っている。

 このことはフィクションの問題とも深く絡んでくる。想像力は、知覚のあるいは行動の世界に対して、その中に踏み込まずとも、さまざまな可能性との「自由な遊び」(un libre jeu)を可能にするのだ。だが、それはこの世界と離れたところでの知的遊戯ではないだろう。自由な遊びは、「新たな思念や、価値や、この世界での新しいあり方」を生み出し、それがこの世界への批判へと結びつきうるからだ。

II. 理論と実践の間に位置する想像力

1. フィクションの発見術的力

 さて、想像力の問題をディスクールの領域からさらに拡大する際に、重要なのは、この想像力が「指示作用の力」を持っているという点である。

 確かに詩的言語は、現実への指示機能を持つことなく作用する。ディスクールの領域から離れるということは、ディスクールのもたらす状況内での指示機能を失うことを意味する。だが、リクールにとってこの認識は第一段階に過ぎず、その第二段階においては、詩的ディスクールは、私たちを生の世界に存在せしめ、また他の存在と存在論的関係を結ばせると言う。

 確かにフィクション世界が指し示すのは、どのような現実ともつながりを持たない「非ー場所」(non-lieu)である。だがそれゆえに、フィクションは、新たな「指示効果」によって現実を間接的に対象とすることができる。その効果とは「現実を書き直すことのできるフィクションの力(le pouvoir de la fiction de redécrire la réalité)である。これがフィクションの発見術的力であり、これによって現実の新たな多層性を私たちは創造するのである。

2. フィクションと物語(récit)

 ではこのフィクションと想像力はどのように実践されるのか。第一には人間の行為に対してである。ここでリクールはアリストテレスの『詩学』を引き、アリストテレスが詩(ポエジー、ここでは悲劇の模倣(ミメーシス)機能と物語の神話的構造を結びつけていることを指摘する。この指摘はリクールの文脈で次のように理解される。

フィクション - ミュトス(筋)- 物語の神話的構造 - 構造化されたフィクション
書き直し - ミメーシス(模倣)- 詩(悲劇)の模倣的機能 - 書き直される行為

 フィクションは、現実から独立した構造を持っている。その意味では虚構というより、仮構と言った方が、空想という意味に陥らず、独自構造の存在により明確に気づくことができるだろう。そしてこの構造の中で、人間の行為が、模倣というレベルで書き直しされる。すなわち、現実と一見同じような行為が書き込まれているようでいて、構造の中に書き込まれた行為は、現実の模写ではなく、人間行為の本質が書き直されて描かれているのである。この書き直された現実を体験して、私たちは再び、現実へと帰還してくるのである。

 だが実践はこれだけではない。フィクションが模倣の行為のレベルに限られるならば、書き直されるのは、すでにそこにある行為だけになってしまう。詩学が求めるのは、叙述的価値を持った書き直しというミメーシス機能だけではない。想像力にはもうひとつ、投映機能もある。

3. フィクションと<〜することができる>

 ここでリクールは個人的行為の現象学を援用する。想像力がない行為はないが、それは次の3つの面で言うことができる。企図、動機、行為力である。企図とは、想像で先取りし、未来へと転じる想像力であり。企図と物語は、前者が後者から構造化の力を借り受け、後者が前者から先取りする能力を借り受ける関係にある。つまり物語という過去へ志向をもつものが、未来という軸を獲得することもできることを意味している。

 動機と想像力は、後者が前者に場所を提供する。その場所で、さまざまな動機が比較・検討される。動機は、物理的な原因との差異、そして論理的な理由付けとの差異として想像力の中で実践的に位置づけられる。そして「もしのぞめば、これやあれができる」と、私の望みが動機付けの地平に形象化されるのである。

 そして3つ目が「私はできる」という可能性=力である。私たちはさまざまなヴァリエーションを想像しつつ、行為主体として自らの力を認識する。それは、、言語モードとしては条件法として表せる。

 こうして企図から、私の望むことの形象化、そして「私はできる」という想像的ヴァリエーションとして可能的実践を描くことができる。これはカントの「想像力の自由な遊戯」とも言えるだろう。

4. フィクションと間主観性

 ここまではしかし、想像力は個人的な性格に留まっていた。次に考えなくてはならないのは、社会的な想像力であり、歴史的想像力である。出発点となるのはフッサールの間主観性理論である。

「経験の歴史的領域というものがある。なぜならば、私の時間領域は、対化と呼ばれた関係によって、別の時間領域に結びつけられているからである。
 
Il y a un champ historique d'expérience parce que mon champ temporel est relié à un autre champ temporel par ce qui a été appelé un relation de «couplage» (Paarung).

 別の時間領域と言う以上、私たちは、同時代人だけではなく、過去の人とも、未来の人とも関係づけられる。そしてここに認められるのは相似的関係性(北村、p.210.)の原理である。これは、私たちのおのおのが、他の人と同様に、「私」の機能を実行することができ、自分自身の経験を自己に帰すことができるという原理である。

 ここでリクールがカントに基づいて強調するのは、これが「超越的原理」であるということだ。すなわち、議論による疑問や検証の提示を待たずして、「他者は私と似ている別の私であり、私のような私である」(l'autre est un autre moi semblable à moi, un moi comme moi)のだ。

 したがって想像力が歴史的領域を作る根本的な構成要素だというのは超越的な条件である。ここにフッサールのいう共感(intropathie, Einfühlung)を認めることができる。それは「他者の場所に立って、思考をし、感じることができうる」ということなのだ。こうして、まさに想像力によって、私たちは個人の地平ではなく、他者とともにいる場所を構築することができるのである。

 そしてこの想像力が生産的と呼ばれるのは、まさにこの関係構築を生き生きとしたものとして保つことが想像力の役目だからである。そのためには他者を「彼ら」ではなく、他者と私を「私たち」とたえず想像しなくてはならないのだ。

 (III. 社会的想像力は省略。イデオロギーとユートピアについて、別に総合的な考察が必要である。)

 リクールの思想はきわめて広大で、その分野は多岐に及び、一見すると全体像が掴みにくいかもしれない。しかし50年近くにも及ぶその活動を、ひとつの問題意識が貫いている。それはいささかもぶれることなく、リクールの思想の根幹をなしている。それは変容ということばに集約される生の躍動である。

 ただ変容といっても、まるきり別のものに変わってしまうということではない。リクールの思想は、「あれかこれか」ではなく、ある一つの要素を含みつつも、別の要素も統合していく、ひとつのコスモスのような世界観を提示する。

 人間の歴史的時間意識において、現在は過去も未来も含み込む。テキストは著者の思想を完全に消し去ることなく、読み手の新たな解釈を帯び、文化的、社会的制約を越えていく。言葉の意味が多義的であるのは、ある意味を捨て去って新しい意味を帯びるのではなく、一つの語に意味が堆積していくからだ。芸術の世界は、現実世界から離れた仮構世界を構築するとはいえ、その世界は、やがて私たちの現実世界を見る認識を変容させる。

 こうした世界の多層性こそが、リクール哲学の特質であり、この多層性を含み込みながら、変化していく存在の実相こそ、人間の生の証である。その意味でリクールの解釈学はすぐれて人間学的である。

 本論文でリクールが考察するのはテキストである。リクールはガダマーの「隔たりと帰属」という考え方の「隔たり」に着目し、テキストという問題設定によって、「隔たり」概念が生産的な機能として働くことを指摘する。久米博は『テクスト世界の解釈学』において、この意味でのテキストを次のように性格づける。

「主体と対象との間に介在するいろいろな距離(distance)は、対象を把握するのに障碍となるが、その障碍こそ解釈のための積極的な条件となる。文字言語によって固定されたテクストは典型的な疎隔の状態にある。」(p.95.)

 距離とは交流の条件であり、交流は双方向の働きかけによって意味を産出していく。通常、話す行為(ディスクール)であれば、<今・ここ>に状況が設定され、話者同士の働きかけがなされ、意味の疎通があることは理解しやすい。しかしリクールの主眼はこのディスクールの性質を、書かれたものの中にも見いだしていくことにある。すなわち、テキストとは書かれたものと同一ではなく、書かれたもののなかにパロールの特質であるディスクール性を認めたものがテキストである。

I. ディスクールとしての言語の実現化

 テキストのディスクール性を考えるため、リクールはまず言語をディスクールとして規定しなおす。ラングとしての言語学からディスクールとしての言語学へ、語としての言語学から文としての言語学への転換である。そしてディスクールの特質は「出来事」と「意味」である。それをリクールは「あらゆるディスクールは出来事として実現され、あらゆるディスクールは意味として理解される」と表現する。

 まずディスクールは次の4つの意味で出来事とみなされる。
1) ディスクールは現在時において実現される=ディスクールの現前性、
2) ディスクールとともに主体も現前する。
3) 指示する世界がある。ディスクールによって世界が言語への到来する(ラングとしての言語がその体系を内部だけで閉じているのに対して)
4)ディスクールにおいてメッセージの交換がなされる(対話者をもつ)

 次は意味の規定である。出来事が一回性の去りゆくものであるのに対して、意味は留まる性質をもつ。ではこの意味の静止は、ラングの言語学へ戻ることになるだろうか?むしろリクールはここに言語のもつ飛躍的な運動を認める。

「De même que la langue, en s'actualisant dans le discours, se dépasse comme système et se réalise comme événement, de même, en entrant dans le procès de la compréhension, le discours se dépasse, en tant qu'événement, dans la signification. Ce dépassement de l'événement dans la signification est caractéristique du discours comme tel. (p.105.)
  
ラングがディスクールにおいて現在へと姿を現し、それによって体系としての自己のあり方を越え、出来事として実現されるのと同様に、理解の過程に入ることによって、ディスクールは出来事としての自己のあり方を越え、意味の中に入ってゆく。この出来事が自らを越え出て、意味の中に入っていくことが、ディスクールそのものの特徴である。

 ディスクールとラングは対立する二項ではない。その乗り入れは動的なものであり、私たちの発話は、ラングの体系によって支えられ、またラングの体系は、発話によって柔軟にその姿を変えてゆく。理解の過程は、決してどこかに行き着き、完結するものではないことを意味している。理解とは絶えざる更新である。

 では「出来事が自らを越えて、意味の中に入っていくことが」書かれたものにおいてもどれほど可能だろうか。これについてリクールはオースティン、サールの言語行為論を援用し、行為がもつ意味が、書かれたものからも読みとれることを強調する。例えば「ドアを締めてください」というとき、発話者は次の3つの行為をしているが、それぞれの行為における意味は、程度の差はあるが、書かれたものの中にも認めることができる。

1)発語的、命題的行為:発話行為であるが、これは行為と行為者、被行為者に関係づけているわけだが、これはまさしく文として同定ができる(書いても同じ)。
2) 発語内的行為:言いながらしている行為。ここでは発話と同時に命令という行為をしている。この行為の意味も法(le mode)という形式上に認めることができる。もちろん抑揚やジェスチャーなど言語外的行為に負うことが多いとはいえ、やはり書くものの中にも反映可能であす。
3)発話媒介的行為:言うこと事実がもたらすもの。たとえば、命令行為による恐怖といったもの。これは実際にはディスクールから最も遠い。すなわち、話し手の意図ではなく、聞き手の心理に属する言語外的行為なのである。

 これらの程度の差はあったとしても、意味とは文に内包されるだけではなく、発語内的行為や発語媒介的行為からもたらされるものも意味として認めることができる。この広い意味をリクールはsignification「意味作用」と呼ぶ。

II. 作品としてのディスクール

 次にリクールは作品という書かれたものの中におけるディスクール的性質を主張するために、作品概念の3つの特徴を挙げる。

1)作品は文より長い連続体である。すなわち作品は文による構成である。
2)作品は、ジャンルを構成するコードによって成り立っている。すなわち作品はジャンルに属する。
3)作品はそれ固有の布置(configuration)をもっており、それは個人的文体と呼びうる。

 この中でディスクール的特徴と言えるのは布置と個人的文体であろう。察するに、作品が文の連続体であるとしても、文の総和は作品の意味と重ならない。ジャンルを構成するコードも、作品をカテゴリー分類するだけである。

 だが、作品にはそれ固有のconfigurationがあり、それが作品の個性を決定している。このconfigurationはstylisation「文体化」とも呼べる。文体とは比喩といった個別の一表現という意味ではない。そうではなく作品全体を個性化する、作品全体をつらぬく様式のことであろう。作品の個性を決めるもの、それは作品が唯一である限りにおいて、ひとつ出来事である。だが、それが作品と呼びうるならば、ひとつの構成を備えて、目の前に現れてくる。この生成と組織化が作品の条件なのではないか。

 文体化が個性化を伴う以上、その個性をもつ作者をも指し示すようになる。したがってテキストにおいては、常に「誰かが何かについて誰かに何かを言う」という根本的特徴は失われていないのである。

III. パロールとエクリチュールの関係

 ディスクールが話されたものから書かれたものへと映るとき、何が起きるのか?パロールと異なり、書かれたものは作者から「隔たって」生成されることがその特質である以上、テキストの意味と、作者が意味したかったことにはずれが生まれる。作者の意図を越えて、テキストが自律性を獲得することで、テキスト世界が作者の世界を壊してしまうこともありうるのである。 

 だがそれはテキストを解放することでもある。テキストはそのテキストが生まれた時代の社会や文化を越えていくことができる。読むという行為によって、テキストは、当初の文脈から引き離され、異なる状況の中に組み込まれることが可能となるのだ。

 したがって書かれたものとしてのテキストは、これらの隔たりが、その構成の条件となっているのだ。そして同時にこの特質が解釈の条件となる。隔たりの存在が解釈を可能とする。

IV. テキスト世界

 次にリクールが検討するのが、指示の問題である。パロールからエクリチュールへの以降は、指示対象を変質させることになる。すなわちパロールにおいて指示対象はその状況の枠組みの中で、共通の現実世界の中で、明示される。

 それに対して書かれた作品では、書いた人間と読む人間の間に状況の同一性を確保することはできない。それが「文学」の条件ですらある。リクールは、「大部分の文学の役割は、世界を破壊することである」とさえ言う(C'est le rôle de la plus grande partie de notre littérature de détruire le monde)。

 この文学世界においては現実への指示は廃棄される。ただリクールはここで「日常のディスクールの指示参照機能」が廃棄されると、「日常」という形容詞を足している。なぜならば、リクールはこの日常的なディスクールは第1番目の指示であり、その現実参照が廃棄されたところに、第2番目の指示参照の可能性が広がってくる。その参照は「テキスト世界」を志向する(その世界はフッサールの生活世界、ハイデガーの世界内存在と等しいとされる)。

 「テキスト世界」で参照されるのは、テキストの「背後」(derrière)にある意図ではない。なぜならば、それは私たちが求めようとする=参照しようとする世界に、隠されてはいても、すでに前もって完結した=固定化された存在を認めてしまうからだ。

 テキスト世界において、私たちが追い求める行為とは、謎解きではなく、状況に根ざした可能性を世界に投映してゆく行為なのだ。つまりテキスト世界とは、私が可能性を投映することで、提起される世界のことである。

 テキストの世界とは「日常」の言語の状況性が示す世界ではない。その意味で、テキストの世界と現実とは「隔たり」がある。だがそれが現実を再創造する契機となるのだ。

Nous l'avons dit, un récit, un conte, un poème ne sont pas sans référent. Mais ce référent est en rupture avec celui du langage quotidien ; par la fiction, par la poésie, de nouvelles possibilités d'être-au-monde sont ouvertes dans la réalité quotidienne.
 
すでに述べたように、物語、説話、詩は指示対象がないわけではない。ただ、この指示対象は日常の言語が指し示す対象とは隔絶している。フィクション、詩によって、新たな世界内存在の可能性が日常の中に開かれているのである。

 私たちはこの可能性を創造することによって、この日常の現実さえも変容することができる。可能性という想像領域、そしてその想像の力とは、現実をひとつのヴァリエーションとし、それ以外のヴァリエーションを私に提示してくれるだけではなく、この現実自体を作り替えるような、バシュラールのことばで言えば「想像力の歪形能力」と言うことができるだろう。

V. 作品を前にして自己を理解する

 そして世界の再創造は、テキストを読む私自身の再創造にもつらなる。テキストを通して、私たちは自分自身を理解することになる。これはテキストのappropriation「同化」=テキストを自分自身の中に含み込むこと、あるいはapplication du texte à la situation présente au lecteur「テキストの読者の現在状況への当てはめ」と言われる。

 ただし同化とは、作者の意図への同化ではない。書かれたものが「隔たり」である以上、同化とは、距離のあるものへの理解と考えなくてはならない。

 次にここでいう自己の理解とは、考える私という主体の発見ではない。むしろテキスト世界を経由することによって、人間性の印しに触れ、それによって自我(ego)ではなく自己(soi)としての自分を知るのである。そもそもそのような人間性に触れえないでは、人間は自分の主観の世界に留まったままである。だが私たちの存在は世界との関係、他者との関係、相互交流を含み込んで成立するものではないだろうか。それを示してくれるテキスト世界に自らが入ることによって、作品の前に立つことによって、初めて自己理解に達するのである。

 自己とはすでに完結して存在し、それがただ明かされるのを待っているようなものではない。自己とは変容し、層を幾重にも形成し、絶え間なく動いていく存在なのだ。リクールはテキストの前で自己はより広大になると言っている(soi plus vaste)。自己はこうしてテキストによって作られていくのであり、ここにテキストに身を浸す喜びがあるのではないだろうか。

 自己とはテキスト世界と同じく、可能性を含みこみ、今だ実現されず、変容する運動こそが実体である。世界の変容とは、実は自己の遊びとしての変容なのだ(La métamorphose du monde, selon le jeu, est aussi la métamorphose ludique de l'égo)。

 自己とは単体ではない。この可能性や変容と通して、自分のなかで自己と自己が、隔たるがゆえに、対話をし、自己を放棄すると同時に、新たな自己を獲得してゆく。

 このように考えれば、リクールの言語学理論は、すぐれて人間学であり、そこに変化と運動という命のあり方を認める上で、きわめて希望に満ちた人間学なのだ。

 『エスプリ』1967年5月号に掲載された論文『構造、語、出来事』は、構造主義言語学に対する批判として、状況を重視し、言葉のもつ創造性、意味の生成に着目したリクールの言語思想を明快に表明した論文である。古典的ではあるが、構造主義言語学と、主観性と状況性の言語学の、おのおのの内容を理解するのに優れたテキストである。

 「構造」は非歴史的、すなわち不動で、人間の立ち入るすきもない世界である。それに対して「出来事」とは、「一回性」の出来事であり、ある状況の中で立ち現れ、そして消えてゆく現象である。そして「語」は、普段辞書の中に死蔵されており、人間とは関係のない世界にたたずんでいると同時に、文を構成することによって現前化し、文の中でその都度意味を帯びる。こうして語は構造と出来事をつなぎあわせる働きをもつ。この構造、出来事、そして語について書かれたのが本論文である。

 構成は以下の通りである。
I. 構造分析の前提:構造主義言語学の性格についての叙述
II. ディスクールとしてのパロール:ディスクールを中心に据えた言語学の叙述
III. 構造と出来事:構造と出来事をつなぐ語の働き

 Iでは、構造主義分析による言語学について5つの特徴が挙げられる。
1)パロールの排除:パロールは個人的な発話であり、学問の観察対象にならない。
2) 通時性の排除、共時性の選択:通時性とは変化の歴史であり、変化は観察の対象として困難である。
3) 言語を形式とみなす:言語は、実体=現実世界を必要としなくても成立する閉じた体系を備える。
4) 閉じた体系に分析対象を限定する:それによって限定が可能な音韻、語彙が研究の対象となりやすい。
5)1) 〜4)において、不動であること、現実との対応が必要ではない、必要としない分析対象が抽出されるが、その条件にまさに当てはまるのがソシュールの言う「記号」である。

 IIの主眼は、構造主義分析が断ち切った現実と言語世界との関係である。リクールは、構造主義分析によって、現実だけではなく人間文化が排除されたと指摘し、さらに、構造主義分析が切り捨てた「変化」とは、創造の根拠ともなると考える。

 そもそも「言う」とはどんな行為なのか。リクールは、それは「何かについて何かを言う」ことであると規定する。言うことは、現実に何らかの影響を及ぼさないではおかない。この問題設定において、言語はメディアと規定される。言語というメディアを通して、物事が表現される。すなわち言うという行為に含まれるのは、現実世界への参照なのである。

 構造主義分析からディスクールとしての言語学へのシフトは、ラングからパロールへ、体系から行為へ、そして構造から出来事へ、と言えるだろう。
 このディスクールの言語学をリクールは次のようにまとめる。
1) 出来事:ディスクールとは行為であり、私たちの目の前に、何かを招く=現働化することである。出来事とは、今起きており、流れていき、そして消えてゆく一回性の行為である。
2)選択:ディスクールとは、ある意味作用が選択され、別の意味作用が排除されるという意味で、選択である。
3) 更新:ディスクールの選択は、新しい組み合わせを生む。選択によってできあがった文は耐えざる新しさの創造である。
4) 参照:ディスクールの現働化とは、言語が指示対象をもっていることを意味する。「何かについて」言うということは、とりもなおさず、「〜について」の指示は現実世界に対してなされる。
5)言語主体:パロールの言語活動が成り立つまえには必ず発話主体が想定されないくてはならない。そして発話主体は誰かに話しかける以上、ここには相互主観の世界が成り立つ。

 IIIでは構造と出来事を結びつけるため、まず文が定義される。ここで引用されるのがチョムスキーの「話し手は、自らのラングを使って、新たな文を作ることができるが、聞き手はその文を新しいにもかかわらず即座に理解するのだ」という主張である。日常の言語活動とは、たえざる新しさの生成であり、それは創造行為と呼ぶことができるだろう。

 次に引用されるのはギュスターヴ・ギョームで、ギョームの言語思想から、リクールは文を「記号から現実への帰還の途上にあるもの」と定義する。

 二つ目にリクールが定義するのが語である。語が意味をもつのは、文が言われるのと同時である。文が生まれる前には記号しかない。記号とは現実を必要としない差異の体系であり、辞書に死蔵されている。語は文に入るとき、辞書から外に出る。そしてその時に生まれる意味は、文が一回性であるのに対して、それを超えて生き延びていく。

 なぜならば語は多義性をもつからである。すなわち、語は新たな意味を帯びるが、だからと言って今までもっていた意味が消えてしまうのではない。意味は加算され、それが体系の中に収められていくのだ。

 この多義性という考えは、リクールの解釈学の根本を構成する。リクール解釈学において重要なのは、言語の象徴性である。象徴とは「あることを言いながら別のことを言う」。すなわち、直接的な明示ではなく、その発話を通して、別のものを指し示す能力である。

 この多義性という語の性質こそ、語が体系に位置づけられながらも、あらたな意味の生成という点で構造主義分析に収まらず、また、ディスクール、発話というその状況の中でしか生を保てない文とは異なり、意味をたえず育んでいくという意味で、まさに構造と出来事の接点と言えるのである。

la_memoire_lhistoire_loubli.jpg リクールがエピローグで扱うのは「赦し」(pardon)の問題である。90年代にフランスで「赦し」の問題がどのように議論されたかは、その歴史的状況をふまえ、訳者久米博の「記憶と歴史、忘却と赦し」に詳しい。その論文に言い尽くされている観があるが、多少本文に寄り添って内容を詳しくみていきたい。
 「第一節 赦しの方程式」で提出されるのは「過ちの深さ」と「赦しの高さ」である。そして久米が明晰にまとめているように、過ちと赦しを考える上で、リクールが依拠するのが「行為者」と「行為」の関係である。過ちとは、行為を行為者へと結びつける構造を持っている。私たちがある行為者を責めることができるのは、その行為者に行為の責任を帰することができる場合のみである(imputabilité帰責性)。
 自己への帰責性の形式が「告白」である。そして告白において行われるのが想起の作用である。リクールは「想起自体は無実である」という。そこから告白においては、無実と有罪の区別のし難さが生まれてくる。ここでリクールが問題にしているのは、mémoire-souvenirとmémoire-réfléchieの区別であろう。前者は回想を散逸させる方に向かい、後者は罪悪感の中心を自己の記憶力の中に置く。
 次に問題とされるのが行為の中にある悪と因果性の中にある悪の区別である。ここには人間の「存在」を考える上での本質的な議論があるように思われる。すなわちリクールは、存在を「実態、属性、偶有性」ではなく、むしろ「可能態と現実態」(puissance et acte)として捉えていると思われる。
 最後に問題となれるのが、アダムの神話におけるイノセンスの喪失である。ここでの悪は、経験の中にありながらも、その悪が本質的に偶然的な悪であることから、リクールは、行為者と行為の間に距離がひかれることを指摘する。
 このリクールの考えは、悪がたとえ永遠のものであっても、主体(行為者)自身は可能性に置かれていることを意味しないだろうか。もし罪と人が本質的に切り離しえないものであるならば、極端に言えばそれら罪人をすべて排除してしまえば、悪のない世界が到来するはずである。しかし現実に悪のない世界などありえないとすれば、悪は人間に内在するものではなく、むしろ人間という行為者からは離れたところに存在するものではないだろうか。
 「赦しの高さ」では赦しは愛として語られる。「コリント信徒への第一の手紙」を引用しつつ、リクールは愛がもっとも大いなるものであるのは、それが「高さそのもの」であるからとする。そしてデリダにおける赦し、すなわち、「愛がすべてを赦すというなら、そのすべてには赦しえないものも含まれる」という言明に歩を合わせる。そしてやはりデリダと同じく、赦しを政治性と切り離すことを強調する。なぜならば、政治的舞台における赦しとは、計算や猿芝居であり、何らかの意図をもってなされるという意味で、赦しの概念が「汚染されてしまっている」からである。
 「第二節 許しの精神のオデュッセイアー諸制度横断」では赦しと法と道徳の問題が扱われる。「犯罪的有罪性と時効なし」では、まず時効(prescription)と特赦(amnistie)の違いが述べられる。後者は心的痕跡も社会的痕跡も消してしまう「消滅」という傾向を持つのに対して、前者は時間の不可逆性、すなわち時間を遡ることの禁止を意味する。時効は結局社会の中で調整を果たす機能を有するわけだが、この点が赦しとは異なっている。なぜならば赦しは、「共通の平和への思い」を持った社会的機能だからである。
 このように時効の意味を考察したあと、人道に反する罪において、時効がないことと赦しえないことの混同を批判する。時効がないことの対象は罪に対してであるが、罰はその罪をなした当人に及ぶ。このときリクールはその当人に対してなされることがあると言う。それは「考慮」(considération)である。この「考慮」とは、法的なレベルと道徳的なレベルの二つのレベルにわたってなされると考えられる。法的なレベルとは、訴訟によって、暴力が言説に、殺人が議論によってとってかわられるということ。その上で、道徳が法に対する裁きを行う。それによって「法の前の平等の具体的条件」に対してよりいっそうの配慮が働くのだ。
 「政治的有罪性」では、ヤスパースの『責罪論』(『戦争の罪を問う』)にそいながら、「侵略者と被侵略者のそれぞれの位置を校正な距離関係に指定する」正義の言葉が重要とされる。
 「道徳的有罪性」では、政治的な性質の集合的有罪性から、個人的責任へと移る。ここで問題になるのが民族、文化、宗教などの要求によって行われる植民地戦争のような歴史的事件における、公的なものと私的なものの絡み合いである。これに関してリクールは、コダーレの「諸国民の和解についての言説は、敬虔な願望にとどまる」ということばを引用する。
 「第三節 赦しの精神のオデュッセイア - 交換の仲介」では、贈与との関連において赦しの問題が扱われる。赦し(pardon)と贈与(don)は言語的にも関連性があるが、ここでモースの『贈与論』を引用し、贈与と対立するのは交換ではなく、利益であること、贈与には「お返しを与えること」という双方性があることを指摘する。
 この贈与に類似する赦しの双方向性の対極に置かれるのが「見返りなしに敵を愛すること」である。だがそこにも「敵を味方に変える」という愛が期待していることがある。この相互性に対してリクールは、高さと深さで検討した垂直的という非対称性を導入し、それを赦しの方程式とするのである。ここでリクールは南アフリカの「真実と和解」委員会の活動に言及する。この活動の中にリクールが見るのは政治的な和解とは異なる赦しのあり方である。それをリクールは「赦しの<ひそかな行為>」と呼ぶ。
 「第四節 自己への回帰」の「赦しと約束」ではアレントの「活動」(action)に基づく、赦しと約束の相関性が検討される。活動の不確定さはひとつは過去、すなわち、過ぎ去ったものは制御できないという不可逆性であり、それに赦しが対応する。もうひとつは未来に対する予見不可能性であり、これに約束が対応する。そしてアレントが着目するのはふの二つの行為が複数存在に依存しているという点である。この複数性は、政治的と呼ばれ、アレントは福音書を解釈しながら、「神から赦されるのは人々が赦し合えるかいなかにかかっている」とする。しかしリクールは、このような赦しが政治性に近づいていくことに留保を示す。アレントが政治的友愛、尊敬という「社会的生活の人格化」(『人間の条件』p.380.)の根底をなす人間の複数存在で行使される力に対して、リクールはあくまで愛を置くのである。
 この政治的解釈に対してリクールはあくまでも「行為者を行為から解放すること」(délier l'agent de son acte)を考え通す。そのために再び人間存在を「現実態と可能態」としての存在を強調する。行動の哲学、可能としての人間の存在である。リクールは言う:

「物語形式は、出来事の発生については取り返しがつかないが、けっして運命的ではない出来事の歴史的地位の根本的偶然性を保存している。人間の被造物としての地位からのこの逸脱は、もう一つの歴史の可能性をとっておく。それは悔い改めの行為によってそのつど開始され、時の経過のなかで善意とイノセンスが不意に出現するたびに区切られる歴史である」

 人間の善としての根本存在への確信とともに、私たち人間の行為は歴史を生んでゆくのだ。運命ではない人間の可能性のもとに赦しの可能性も開かれてゆくのではないか。「有罪者は行為する能力を取り戻し、行為は継続する能力を取り戻す」とリクールは言う。

 リクールは、この著書の第一部第三章で個人の記憶と集団の記憶の関係を扱っている。個人の記憶を語るにあたってリクールが援用するのがregard intérieur「内省のまなざし」である。そして「誰が」想い出すのか、という点に留意をすることのなかった古代ギリシアの思想家たちに対して、「内省のまなざし」の伝統の端緒に位置づけられるのがアウグスティヌスである。リクールは『告白』の第十巻、第十一巻を検討しながら、記憶と時間の問題が、個人の内面、において展開されることを述べる。

«C'est moi qui me souviens, moi l'esprit»(Ego sum, qui memini, ego animus. 山田訳は「記憶するのはこの私、すなわち心としての私です」。第十巻第十七章25)

 アウグスティヌスの内面とは「苦しみの探究」に他ならない(une quête douloureux de l'intériorité, p.118.)。なぜなら告白の時とは、悔悛の時であり、その悔悛は、記憶と自己への現前における苦悩(「記憶なしには、私は私ということばすら発することができないはずなのに、その自分の記憶の力を、私自身完全にとらえることができないのです」山田訳p.352.)と結びつけられているからである。

 リクールはアウグスティヌスの個人的記憶を語るにあたって、記憶の3つの特徴をまとめている。
1) 記憶は、体験と同じように共有不可能な単独のものである。
2) 記憶は人格の時間的同一性を保証する。ここでリクールはsouvenirとmémoireを区別する。前者は複数形で、それらが意味合いによって並べられたり、断絶がありうる。それに対してmémoireは単数形であり、時間を切れ目なく遡ることを可能にする。したがって、記憶は、souvenirが断続的であったとしても、そして現在の自己が、切り離されたsouvenirに現在の自己との異質性を認めるとしても、その異質な自己も自己であることを保証するのだ。
3) 時間の流れの方向性(過去から未来へ、未来から過去へ)を定めるのは記憶の働きである。
 この3つの特徴によって、「内省のまなざし」の伝統がうち立てられる。そしてアウグスティヌスがこの伝統の最初に位置づけられるのは、キリスト教への改宗という内面的な出来事ゆえである。リクールは、「内省のまなざし」がその頂点に達するのはフッサールであるとし、ロックによって扱われるアイデンティティやカントによる「主体」といった問題は、アウグスティヌスには現れてはいないが、アウグスティヌスの重要性を記憶の分析と時間の分析を結びつけた点に認めている。

 アウグスティヌスにおいては、「わが神は、わが内なる人間にとっての光であり、声であり、香りであり、食物であり、抱擁なのです」(第六章8)と言われる通り、神が求められるのはわが内面である。そして自己の内面とは、記憶の「宏大な広間」(第八章12)である。記憶は、宏大であり、かつ対象を想い出すとき、私はその時の私自身も想い出している。
 とはいえ、記憶には忘却がつきまとう。記憶は「広間」であると同時に、思い出の「墓地」にもなりうる。この忘却を超えて、記憶の偉大な力を確信するも、アウグスティヌスは、神に達するためには、記憶すらも超えてゆくという。ここにも大きなアポリアがある。

«Si c'est en dehors de ma mémoire que je te trouve, c'est que je suis sans mémoire de toi ; et comment dès lors te trouverai-je si je n'ai pas mémoire de toi ?» (山田訳「もしも私の記憶の外にあなたを見出すのだとすれば、私はあなたを記憶していないはずです。けれども、もし私があなたを記憶していないとすれば、どうしていまあなたを見出すことができるのでしょうか」第十七章26)。

 第十一巻で問題になるのは「時間の計測」である。時間とは流れてゆくものであるが、実際に計測可能なのは過去と未来である。ここでリクールはdistentioという概念によって現在を3つにわける。過去の現在=記憶、未来の現在=期待、現在の現在=注意である。アウグスティヌスも同じように言う。「それにしても現在の時は、測られるとき、どこから来たり、どこをとおって、どこに過ぎ去っていくのでしょうか。どこからーもちろん未来から。どこをとおってーもちろん現在をとおって。どこへーもちろん過去へです」(第十一巻第二十一章27)。

 個人の内面における記憶と時間の関係。これを基礎として、リクールは共同の記憶へと考察を進める。

Paul Ricœur, Vivant jusqu'à la mort (2007)

 Vivant jusqu'à la mortは、Ricoeurの死後草稿のまま残されていた未完成の原稿を発表したものである。実際には1995年頃に書かれ始め、そのままにされたということであるが、死をimminent(切迫した)ものであると意識していたRicoeurの思考の姿がうかんでくる。ときに、覚書にとどまり、十分な展開はなされていない部分もあるし、言いよどみ、繰り返しも多いが、それゆえに、Ricoeurの思考の筋道を丁寧に追って私たちはこのテキストを読むことができる。
 骨子のひとつは「生き残り」(survivant)ということだ。しかしそれは、最後の審判におけるrésurrectionではない。Ricoeurは物体として肉体そのものが最後の審判において復活するという「想像」は否定する。Préfaceを書いたOlivier Abelによれば、それは神話の解体であり、「報い、償い、罰という概念」の否定である。しかしそれは、ひとつの宗教の否定であって、宗教性そのものの否定ではない。死を生き残りとして問うことは、他者との関係を問うことであり(生き残るとは、私の死を超えて生き残る他者、他者の死を超えて生き残る私という本質的関係を定義する)、その他者とのつながりを考えるとき、そこには愛と倫理が生まれ、必然的に宗教的なるものへと近づいてくる。「想像」を否定するとは、宗教を否定することであっても、宗教性を否定することではない。
 死は知りえないものであるからこそ、私たちの「想像的なるもの」が働き、死者の運命を問いかけざるをえない。また、死後のイメージは、あらゆる文化によって形成されてきた。私たちはこうして「死後」を先取りして、想像をするのだが、Ricoeurが批判するのが、この想像である。その批判の根拠は、私たちが人生の終わりまで生きる喜び、gaietéと呼ばれる生きることの欲求への配慮のためである。
 次に考察されるのが、moribondという概念である。moribondとは人間をagonie(死への衰退)の状態として、すなわち直に死ぬ者として扱うことである。しかし重要なのは、encore vivant(まだ生きている)と、生の面をとらえることである。つまり、死後に存在するものへの配慮ではなく、生の最も深い源(les ressources les plus profondes de la vie)をとらえることである。Ricoeurによれば、grâce intérieure(精神的な恵み?どのように訳すべきか宗教的な含意がどこまで反映しているのか?)は、終末において、本質が浮かび上がることにある。これは告白を行なう宗教とは異なる、religieux commun(共通の宗教性?)であると言う。ここは難解なところだが、宗教であれば、それは歴史的、文化的事象として本質が限定されてしまう。そうした限定性から解放された真に深い場所にあるところの「本質」ということだろうか?死という現象が文化に限定されないこともあるが、ここには、告解という死にゆく者として、他者をとらえることに対するRicoeurの批判があるのだろうか。そして死に逝く者によりそいながら、その死に逝く者を、死者として先取りしてしまう(il sera mort)想像のあり方が批判されているのだろう。
 では死に逝く者への視線とは、どのような視線なのか、Ricoeurは次のように言う。

C'est le regard de la compassion et non du spectateur devançant le déjà mort.
 
それは共苦の視線であり、すでに死者となっている者と先回りをして見つめる者の視線ではない。

 Compassionーともにといっても同一化するわけではない。そこには友情という距離があるのだ。
 それでは生者とともにいる(accompagner)者はどのような態度であればよいのか。ここで引用されるのがホルヘ・センプルンの『ブーヘンヴァルトの日曜日』(原題L'écriture ou la vie)である。センプルンがモーリス・アルブヴァクスをみとったときの証言である。Ricoeurは、Ricoeurはアルブヴァクスがセンプルンの手を握り返す場面に、「与えるー受け取る、まだここで」と注をつけている。人と人がお互いの生を確証する。生の根拠が他者によって与えられること、私は死んではいないことは他者との生の交感によって確証されることをRicoeurは指摘しているのではないか。
 Ricoeurはさらにセンプルンが、死期のせまった友人によりそって、医学的でも、告解でも、詩の言葉をつぶやくことに着目する。「彼(アルブヴァクス)は微笑む、死にながらも、私を見つめて、友愛の」。Ricoeurはここに「本質」があるという。
 この死と対照となる死が、カディッシュをとなえる「死」の苦悶の声である。Ricoeurは、センプルンが「死が歌っている」というのは比喩でもなんでもないという。なぜなら「みとる者なしに死に逝くことは、死者(moribond)と、人物となった死(mort)の区別をつけないことである」からだ。イディッシュ(死者の祈り)のことばが自分自身に向けられたものであるならば、そこにはユダや民族の歴史全体が集約されているとする。そして、「自分自身」にむけられたということは「与えるー受け取る」という行為を可能とする外部が(レヴィナス)不在であるということだ。
 Moribondとmortの区別がつかなくなった状況、それはmasse indistinctな状況である。ここでRicoeurはセンプルンの選択を問題にする「書くことか?生きることか?」生きるとは忘れることであり、思い出すとは書くこと、語ることであるが、それは生きることを阻害する。なぜならば、死こそが現実であり、生は幻影に過ぎないからだ。この状況を生み出すのは、死というものが、絶対悪のしるしのもとに置かれたときである。友愛と絶対悪の二項対立、これがマルローに言わせれば、最も古いキリスト教の対話である。ならば悪がなければmoribondとmortの混濁はないのか?悪の問題で看過しえないことは悪とは体系化できないということである。どちらがより悪か、といった比較はできないし、個別の事象から総体を作り上げることもできない。だが、神学においてはあらゆる死が、暴力的な死として同一視されているのではないか。罪を背負って死ぬということである。これがRicoeurが、1)死後、2)死に続いて、批判の対象としてとりあげる3)絶対的悪による集団としての死である。
 Ricoeurはここから「いったい、普通の死は、どのような状況下で、極限の死=恐怖の死に汚染されるのだろうか?」。ここで「恐怖を悪魔払い」するものとして出てくるのが、「記憶の作業」、「喪の作業」である。ここで再びセンプルンの書くこと=思い出すことに焦点があてられる。死から生還したもの、すなわち証人となった幽霊である。
 だがここでRicoeurが引用しながら、言及していない点を考えなくてはならない。それはこの書くことというのが、センプルンによれば、「文学的エクリチュール」として可能だと言われており、またその意味が«Avec un peu d'artifice»と言われていることの意味だ。文学的エクリチュールでなくては、たとえば宗教的な祈りのことばという内部化された「与えるー受け取り」のないエクリチュールになってしまうだろう。しかし文学がartificeであるならば、それは、物語の留め具として、つまり、物語を理解可能とするための留め具として使われてしまう危険を意味しないだろうか。誰もが想像しうる物語とは、artificeというわかりやすい虚構仕立てをするということではないだろうか。
 もちろん書くことが、死者についての記憶を回復することであり、忘却から生き延びることが、実は自分の生を危うくするというこの悪がもたらす矛盾に書く者をさらし続ける。Ricoeurが引用するように「収容所を<現在>として語ること」ができないならば、なおのこそ、文学的エクリチュールの孕む「物語」のあやうさを、もっと緻密に分析するべきではないのか。
 しかしRicoeurの本論での意図は、死後という問題を、宗教によらず、また宗教がもたらす死後の想像的形象によらず扱うことにある。その意図から、この表象の難しさを、死の瞬間の形象の難しさへと転用する。だからこそ、Ricoeurは死から生還してきたrevenants(死から戻ってきた者=亡霊)という名のsurvivants(生き残り)に、集団としての死の先取りを読み取るのだ。
 Ricoeurは自問する。センプルンは生きることと書くことを両立することができた。レーヴィにはなぜ不可能だったのか。ここでティリッヒのThe courage to beへの言及があるが、書き込みだけで終わってしまっている。
 最後に、先ほど述べたartificeについて言及がなされる。

Si l'écriture a quelque chance de se réconcilier avec la vie, lorsqu'elle est au service de la «mémoire de la mort», tout n'est pas attendu de la technique du récit, de l'artifice.
 
もし書くことが、現実の生と和解できるなにかを有するとしても、そして、書くことが「死の記憶」に役立つとしても、すべてを物語の作法、技巧に期待することはできない。

 Ricoeurは「記憶が記憶の作業と喪の作業をひとつにあわせなくてはならない」という。Ricoeurにとって、それは集団の中に消滅してしまう死から(これは、自己の消滅の問題ではなく、死後の生という人間の想像を問題にしていると思われる。これは文化的事象とはいえ、こうした死の捉え方をするのは、自己の死を想像する自己の問題になるのだろう)、死を救い出すのは、この死の記憶でしかないという。ここも解釈に慎重になるところだが、喪の作業とあわせるということは、自分の死との関係において生き残る他者に自己の死後の生をゆだねるということだろうか。それが悪から解放された死の位置づけということになる。ならば、悪そのものとはどのような対峙をすべきなのだろうか。ここについてはRicoeurの「悪」として洞察を深める必要があるだろう。
 他者という問題。最後に触れられるのが他者という問題である。それは「書くことが自己を抑えながら自己からの離脱する方法であり、それはつまり人が常にそうである他者の存在をみとめ、その存在を生み出すことで自己自身であるということだ」。書くことがどれほどの困難であっても、non-dit「言うことのできないもの」=沈黙でないという一点で、希望を持ちうる。記憶の作業、喪の作業は、この希望のことばでならなくてはならないとRicoeurは言う。つまり書くことへと至らせる根拠はfraternité(友愛)なのだ。

Paul Ricœur, La mémoire, l'histoire, l'oubli (2000)

 第一部記憶と想起について、第二章訓練される記憶力ー慣用と濫用、第二節自然的記憶力の濫用、3.倫理的・政治的レベルー強いられる記憶力をまとめる。
 ここでリクールは、この場所ではまだ時期尚早であると断りながらも、記憶の義務の批判を行なっている。その批判の中心は、思い出すことへの命令が、歴史の作業を短絡化してしまうことにある。
 まずリクールはアリストテレスの「記憶と想起について」で述べられている想起の自発性(évocation spontanée)と、記憶の義務とを対比する。果たすべき務めとして過去へと向かってゆくと同時にその動きは未来を志向する記憶(過去にあったことを未来においても忘れるな)と、記憶の作業、喪の作業の関係を問う。
 たとえば、精神治療においては、記憶の義務は務めのように定式化されている。被分析者の精神分析に寄与する意図は、命令の形をとっている。一方、喪の作業においては、失われたものと自分とをつなぐ絆をひとつずつ切り離していく作業を続け、和解への作業は果てしないものである。
 このように考えてくると記憶の義務と対比したとき、記憶の作業と喪の作業という「作業」(travail)に欠けているのは、「命令的要素」(élément impératif)だと言える。さらに明確に言えば、義務(devoir)には以下の二つの面がある。一つは、外部から欲望に強制が課されるいうこと、二つめは主観的に感じられる制約が、実は課されるべきものとして働くということである。そしてこの二つの面が結びつくのは、justiceの理念においてである。
 こうしてリクールは次にjusticeの理念と記憶の義務の関係について問う。その答えは次の三つである。1.justiceの美徳は他者へと向かう美徳であること、記憶の義務は他者の正しさを認める義務である。2.負債の概念。我々は現在のある部分を過去の人々に負っている。3.我々が負債を負う他者の中で、道徳的な優先権は犠牲者に与えられる。この犠牲者とは我々以外の犠牲者である。
 ではこうした三点において、記憶の義務が正義の義務として正当化されるのならば、どのように濫用という事態が、良き利用の上に現れてくるのか、とリクールは問い、それは、歴史のより広汎で批判的な目的に対立して、記憶の義務に脅迫的な色合いをつける、感情的な記憶、傷ついた記憶によってあると言明している。
 そして、やはり留保はつけつつも、慣用が濫用へと至ることについて二つの解釈を述べている。ひとつはアンリ・ルッソの『ヴィシー・シンドローム』の説明。ここでの記憶の義務は、direction de conscienceが、犠牲者のjusticeの要求を代弁する形でなされており、記憶の濫用はまさにこのような形で犠牲者の無言のことばが絡めとられてしまうことにある。二つ目はピエール・ノラの『記憶の場』の説明である。それは記念顕彰のモデルが歴史のモデルに勝利してしまったという事態である。
 最終的にはリクールは、justiceの命令としての記憶の義務は道徳の問題に属するとする。