自分の創造したい音楽を実現してくれる楽器を手に入れたあふれんばかりの喜びが伝わってくる、若々しく高い志に満ちたアルバムである。シンセサイザーと出会い、とりあえずいろいろ試してみたのではなく、すでに自分の意図のもとに、自分の音楽にあわせてこの楽器を使いこなしていることに驚く。
1曲目は、後年の慈愛に満ちた表情からは想像もできない、かなりアグレシッブなファンク・ロックだ。はじまりのかけ声からしてテンションが違う! その後の「マ、マ、マ、マ、ベイビー」の激しい唸り声に、最初から圧倒される。2曲目は反対にその後のスティーヴィとの共通性を感じる、甘美な名曲。しかしぼくが一番好きなのは、3曲目のI Love Every Little Thing About Youだ。ささやくようなヴォーカルから始まり、「チャ!」、「シュ! パア!」というバックコーラスにのせられながら、曲は次第にアップテンポになって、一気にサビへとはいり、I love, I loveのタイトルフレーズの連呼になる。最後の盛り上がり、ドラムのスネアが最高に効いていて、それに太いスティーヴィの声、女性コーラス。あっという間に終わってしまうのだけど、このグルーブ感は至福の一瞬だ。
そして最初にバラカン・モーニングで耳にしたHappier Than Morning Sunの瑞々しさ。アコースティックギターの音色に、少しだけヴァーヴのかかったスティーヴィの声のとろけ具合が最高なのだ。
このアルバムはいわゆる「ソウル」のアルバムには属さないし、かといって、当時聞かれていた「ロック」でもない。シンセサイザーとの出会いは、おそらくそうしたジャンルの制約を打ち破るにあまりあるものだったのだろう。とにかくこのアルバムには、時代を駆け抜けてゆくスリルがある。8曲目のKeep On Runningなどはそんな張りつめたスピード感をもっともよく表しているだろう。そして最後のEvilは、シンセの音の粒子が飛び交い、スティーヴィらしい崇高感を抱かせるスケールの大きな曲だ。
自分でも抑えられない音楽が次々と流れてくる、それをシンセによって実際の音にして、曲ができてしまう。無限の創造意欲がこのアルバムに普遍的な力を与えている。だから確かにトータルアルバムではないだろう。しかしだからこそ、その奔放さには限界がないのだ。22歳という若さですでに達してしまった恐ろしくレベルの高い完成度。天才スティーヴィ・ワンダーがこのアルバムから始まった。