小川洋子

小川洋子『物語の役割』(講演)

 第4回目の授業(2006年春学期「言語とヒューマニティ」)では「虚構」ということばを使い、我々が他者を理解する時に「虚構」が付きまとう、しかし虚構をもって、意味づけることによって、我々は世界というものを生きていけるという話をした。下記の小川洋子の講演にある「物語」とは、まさに「虚構」であり、我々は人生を物語を形成しながら生きていくとされる。

たとえば、非常に受け入れがたい困難な現実にぶつかったとき、人間はほとんど無意識のうちに自分の心の形に合うようにその現実をいろいろ変形させ、どうにかしてその現実を受け入れようとする。もうそこで一つの物語を作っているわけです。
 
あるいは現実を記憶していくときでも、ありのままに記憶するわけでは決してなく、やはり自分にとって嬉しいことはうんと膨らませて、悲しいことはうんと小さくしてというふうに、自分の記憶の形に似合うようなものに変えて、現実を物語にして自分のなかに積み重ねていく。そういう意味でいえば、誰でも生きている限りは物語を必要としており、物語に助けられながら、どうにか現実との折り合いをつけているのです。
 
作家は特別な才能があるのではなく、誰もが日々日常生活の中で作り出している物語を、意識的に言葉で表現しているだけのことだ。自分の役割はそういうことなんじゃないかと思うようになりました。

Webちくま 物語の役割 小川洋子