ロックを聞き始めたころは、フォーク、ハードロック、あるいはアメリカン・ロックのようにジャンルで聞いていたわけではなかった。FM放送で自分のお気に入りのDJをみつけ、そのDJがかける曲で、新しいグループを知っていった。ロックの知識もなく、あるミュージシャンを系統的に追いかけるのではなく、ただただ自分の耳にひっかかったものを、DJの趣味を信頼して、お気に入りミュージシャンとして、レコードを買っていた。しかし、気に入ったもの全部をかえるわけではない。結局ヒット曲としては記憶しているものの、LPは買わずじまい、ということも多く、Cars, Police, Bommtown Rats, などLPは1枚も持っていない。
ヒット曲を追いかけるなかで、出会ったのがこのThin Lizzyである。当時「アリバイ」という曲が売れていた。それは、ニュー・ウェーブ全盛時で、ポップで疾走感があり、キャッチーなリフで、まさにロックらしいかっこよさに溢れた曲である。だからThin Lizzyがハードロックに分類されるといった意識もなく、自分の中ではCarsのヒット曲と同じだった。
しかしこのバンドもLPは買わずじまい・・・。大学に入ってから、おそらくレコード・コレクターズの特集で思い出し、「アリバイ」の曲がはいったアルバム「Black rose」を買う。当時は、Poguesが人気を集めており、いわゆるアイリッシュな風味のロックが注目されていたが、そのときにはじめてこのThin Lizzyも同じ風土のロックを感じさせるハードロックバンドであることを知った。
CDで「アリバイ」以外の曲を聞くと、ビート感があって、ギターのフレーズも疾走感があり、曲にエネルギーがある。このエネルギーはこのバンドの生命線なのだろう。2曲目、Do anything you want to(邦題「ヤツらはデンジャラス!!」!!)のドラムの決め方に、サビのギター早弾きなど、「ロックといえば」の様式美に見事はまっている。そして5曲目Sarahはこう歌われる。
When you came in my life,
You changed my world,
My Sarah,
Everything seemed so right
ハードロックというよりも、愛情のあふれたポップスだ。7曲目はミッジ・ユーロが参加しており、まさにニューウェーブ感あふれた曲の展開にどきどきする。そして9曲目Roisin Dubhは、アイルランドの伝説に基づいた、自らの根を見つめた曲である。
79年。パンクからニュウェーブへと時代が移るなかで70年代初頭から活動してきたハード・ロックバンドThin Lizzyもその時代を感じさせるアルバムを発表した。しかし歌をかなでることは、いつか自分の故郷を振り返ることになる。単なる伝統回帰ではない。むしろ伝統をエレクトリックな音で引き受ける度量がフィル・ライノットにはあった。ライノットは86年に34歳で死んでいる。「ハードロックな子守唄」。そのやさしさがThin Lizzyの奥深さを物語っている。