ロックに惹かれる理由は、結局のところロックというジャンルが曖昧で、雑食であることにつきている。クラシックでもジャズでも民族音楽でも、ロックっぽく演奏することができる。その意味でさまざまなジャンルの音楽を浸食してしまうのがロック。でも何でもありだからといってそれでよい音楽ができるわけではない。ロックミュージシャンの優れた人は多かれ少なかれ、優れた探究者でもあった。
今のロックの世界でその探究を最もどん欲に進めているのがデレク・トラックスではないだろうか。そしてそのロックの探究を頭でっかちではなく、あくまでも心地よい喜びの生まれる音楽として実現したのがこのSonglinesである。このアルバムではジャズ、ソウル、宗教音楽、民謡、さまざまな伝統を持つ音楽が、デレクによって解釈され、演奏されている。他人の曲でありながら、そしてライブでもないのに、とても生き生き感じられるのは、まさにかれらがジャム・バンドであり、メンバーのやり取りを通して音楽が今ここで生まれているからだろう。
1曲目はローランド・カークの曲だが、まずタンバリンから入り、パーカッションが重ねられた後、デレクのスライドが切り込んでくる。そしてかなり黒いコーラスがアルバムの開始を告げる。そして、ドラムの一打で次の曲へと移る流れが心地よい。この2曲目はデレクとプロデューサーとの共作。曲の間で、ドラムがリズムを刻みながら、キーボードが全面に出て、ワンクッションあいた後にギターのソロが始まるところなど、バンドの一体感を生き生きと感じる。
3曲目はブルースナンバー。4曲目はイスラム宗教音楽のヌスラット・ファテ・アリカーンの曲のメドレー。10分近く続くインストゥルメンタルの曲なのだが、この曲こそ、アルバムの中でもっとも挑戦的で志の高いデレクの演奏が堪能できる。最初のシタールようなギターの演奏から始まり、1つのフレーズが、変奏されながら、バックのドラム、コンガと呼応する。フルートの音色もまざり、演奏が次第に熱を帯びてくる。そして最後は熱狂的なリズムへと変調し、ゴスペルにも似た密度の高い演奏へと、ハンドクラップとともに一気に上り詰めていく。この曲は実際にはロックには聞こえないかもしれない。しかしイスラムやインドという地域に限定された音楽ではなく、音楽そのものが普遍的にもつ高揚感を実現しているところにロックのスピリットをひしひしと感じるのだ。この解釈はアルバムの一つの到達点と考えてよい。
5曲目は、スライドギターによるディープなブルースナンバー。タジ・マハールが演奏する同曲のファンキーなブルースの熱気をここにも感じるが、こちらはずっとアコースティックな演奏。6曲目は、レゲエを下敷きにした軽快な曲で少しここでリラックスできる。そしてタイトな演奏のオリジナルの7曲目へと続く。8曲目はソウル歌手O.V.ライトの曲だが、ワウワウとエコーを効かせた面白い処理をしている。9曲目はオリジナルの楽曲。10曲目もオリジナルで、モロッコの民族音楽を意識したインストゥルメンタルだが、その音調をギターでしっかりと再現しているところが面白い。11曲目はグリーンスリーヴスの解釈だが、デレクの超絶ギターテクニックが堪能できる。12曲目はソロモン・バークのカバーだが、軽快な乗りで、デレク・トラックスがライブバンドであることを強く印象づける。とりわけマイク・マッチソンのヴォーカルが素晴らしい。そしてアルバムの最後はそのマイク・マッチソンの曲This Sky。やはり中近東風のギターフレーズが繰り返されながら、fly fly awayと歌われるように、だんだん空へと上がっていく開放感のある曲。
デレクがこのアルバムを制作したとき、まだ27歳であった。すでに十分なキャリアを持ちながら、さらに自分のギターの表現の可能性をとことんまで突き詰めた意欲的な作品である。この創造へのどん欲さこそロックだと呼びたい。