音がゆっくりと光の粉末のように舞っている。その光は確かに朝の光なのだが、その粒子にはまだ夜の余韻や、嵐の跡が残っている。あるいは深い海に落ち損ねた光がまだ波のまにまに漂いながらも、ときおりきらきらと姿を見せる。
朝霧が聞いている者をゆっくりと包んでゆく。だが朝のイメージが波のイメージと重なって、空気に包まれているようでいて、いつしか漂いながらも、海の底へと落ちてゆく。
And If I surrender
And I don't fight this wave
I won't go under
I'll only get carried awayWave
Wave
Isolation
Isolation
Isolation
Isolation
<Wave>
ただ波に運ばれているようでいて、それでもいつしか波にのまれて、孤独の淵に落ちてゆく。
アコースティックの弦の響きと、深いエコー処理。円弧を描くかのように全体をゆったりと包むストリングス。ひとつひとつの音が粒となって、ときに跳ねて、漂い、やがて消えてゆく。音を聞いているようでいて、実は音の消失の時間に立ち会っているかのようだ。最後の曲はまさに喪失の曲だ。長い夜が終わり朝が来る。でも光と同時に消えてゆくものがある。夢も記憶も、新しい朝が来て、過去へと置き去りにされる。
When the memory leaves you
Somewhere you can't make it home
When the morning comes to meet you
Lay me down in waking light<Waking Light>
朝の光の中で記憶を失ってもはや漂うしかない。光は目覚める。しかし私は身を横たえ、記憶を失ってゆく。
このアルバムは、もう戻っては来れないほど遠いところまで行ってしまった人間が、何とかこの世に戻ってきて、常人のふりをして作ったアルバムという印象を受ける。質の高い創造性は、音を作り込むという常軌を逸した執着と、音を空間にきちんと構成するという冷静さの両者が共にあって発揮される。
インストゥルメンタルの短い曲から始まり、Waveでストリングスが強く奏でられA面が終わる。次のDon't Let It Goの控えめなアコースティックギターがB面の開始を告げる。そして最後のWaking Lightでは、このアルバムで初めてノイズの音が渦巻き、アルバムが終わる。これほど見事が構成をもったアルバムはなかなかない。
もう若くはないが、それでも今を生きる音楽人として、いや、これまでの創作活動があったからこそ、その歩みによってここまでの完成度に達したのではないかという気がする。人生の深みと音楽の深みが呼応する傑作だ。