主人公の悦子は、戦後間もない長崎で、ある男性と結婚し、娘をもうける。その後の経緯は語られていないが、イギリス人男性と知り合い、ともにイギリスに渡り、その地で半生を過ごす。物語は、イギリスに連れて行った娘景子が一人で暮らしていたマンチェスターで自殺をし、それからしばらく経った時点から始まる。

 娘の自殺を契機に、悦子が長崎で出会った佐知子という女とのつきあいを中心に、自分の過去を書き記すという体裁をとっている。そして時折物語は、現在、すなわち母親を心配した娘ニキがロンドンから訪ねてきて家で過ごす今へと戻ってくる。

 当時、悦子は二郎という、戦争の混乱時にお世話になった緒方家の息子と結婚し、妊娠3,4ヶ月であった。佐知子は一人娘の万里子と突然近所にやってきて、川岸の家に住んでいた。

 この頃の悦子は、「戦争の悲劇や悪夢を経験した人たち」が、「夫や子供のことに追われ」日常を慌ただしく過ごしている姿に違和感を抱いている(p.13.)。おそらく彼女自身は、作品中では言明されないが、長崎の原爆で家族を失い、現在の夫の親によくしてもらったのであろう。そしてその家の息子と結婚し、もう時期子どもが生まれる。

 普通に考えれば、戦争の悲惨さから立ち直り、幸福を手に入れようと新しい生活を始めていると言えるだろう。しかし、彼女が周囲に抱く違和感は、戦争の喪の状態を実はひきづったままで、決して戦争中の体験から立ち直ったわけではないことを示していよう。

 その状態を考えれば、小説の中で義父が語る、悦子の家族を亡くしてからの二つのエピソード ー 緒方家に来るようになって、真夜中にヴァイオリンを弾いて家中を起こしたこと(p.79.)、結婚するにあたって家の門のところにつつじを植えてくれと、しかも命令口調で言ったこと(p.192.) ー の常軌を逸したふるまいと、そのことを数年しか経っていないのに本人がまったく記憶していないことの背景がわかってくる。

 作品は、上に述べたように佐知子との会話の回想が大半を占めるのだが、悦子と佐知子の間には共通点と相違点がある。佐知子は万里子を連れて、アメリカ人と再婚し、アメリカへ渡ろうとしている。悦子はその後生まれた景子を連れて、イギリス人と再婚してイギリスへ渡る。佐知子は伯父のところに同居していたことがあり、悦子はのちの義父となる家に身を寄せていた。それ以外にも、たとえばお茶を始終飲むことなど細かいディテールが似せて書かれているのだ。

 だから私たちは作品を読みながら、悦子が佐知子との経緯を語るのは、悦子ものちに佐知子と似た境遇を過ごしたからだろうと思いがちになる。だが、万里子の猫や蜘蛛への振る舞いに対する悦子の言動、特に悦子の万里子に対する強い口調など、ひとつひとつは会話の流れに沿っているように見えて、実は、二人の関係が他人以上に踏み込んだ関係であることにじょじょに気づいていくのだ。

 その違和感は、第10章で、悦子が万里子にアメリカ行きを強い口調で諭すとき、そしてそれに続いて、万里子が、悦子に「なぜ、そんなものをもっているの?」と問いただすセリフが、第6章の「それなあに?」のセリフと重なるところまで読むと、実は佐知子とは悦子自身が作り上げた虚像であり、万里子は自分の娘景子に他ならないことを強く喚起させられるのだ。

 おそらく悦子は、いやがる景子を無理やりイギリスに連れていったに違いない。それまでも悦子は景子に虐待まがいのことをしていたに違いない。そして万里子を探しに行って彼女を見つけた時に持っていた縄は景子が自殺に使った縄と結びついていく。佐知子がとても英語を流暢に話している場面は、実は悦子がイギリスで英語ができなかったコンプレックスの裏返しであろう。それ以外にも悦子が見せる猫への殺意は、彼女が生と死の正常な意識を失っていることを想像させる。

 こうして、過去語りが実は虚実が織り合わされた自分自身の物語であると気づくとき、この語りは、戦争によって全てを失い、戦後子どもへの愛憎を抱きながらも、二人が生きていくためにイギリス行きを決意した女性が、娘の自殺後、自分の人生を創作的に意味付けるための唯一の表現だったこともわかってくるのである。そしてその物語は自己を正当化するような単純なものではなく、上記に述べたような自己像の反映としての虚像を作らないでは語れない性質のものだったのである。

 内面に狂気をはらみながらもそれでも生きなければならなかった戦後の女性、最終的に娘の自殺という結末を迎えながらも、なおその生の意味があるとしたならば、それは現実と幻想の折り重なった自己の作られた歴史に支えられるしかなかったのだろう。そして万里子がみた幻影は、実は憎しみを内面にたたえた母親の現実の姿だったのである。

America, Here & Now (2006)

81nyX49vMML._SX355_.jpg アメリカは70年代初期に「名前のない馬」、「ヴェンチュラ・ハイウェイ」、「金色の髪の少女」などのヒット曲を立て続けに出したグループだ。「名前のない馬」は、少しメランコリックだが、ハーモニーが美しい曲。繊細なフォークロックを下敷きに親しみやすいメロディライン。でも単に耳に心地よいポピュラー・ソングのグループというだけではない。「Holiday」では、ジョージ・マーティンを迎え、ビートルズ的な凝った音づくりをしてトータルアルバムに仕上げており、アーティスト性の高さを見せている。

 こだわりがあったとしてもそれをひけらかすのではなく、あくまでもポップに聞かせる。その職人らしさが、このアメリカの魅力ではないだろうか。そして、その姿勢に多くの若いミュージシャンが影響を受けた。

 このアルバムは、ジェームス・イハとファウンテンズ・オブ・ウェインのアダム・シュレシンジャーという、若手のミュージシャン二人がプロデューサーをつとめている。さらに演奏にも参加をしている。敬愛するグループと一緒に演奏するのはどれだけ胸のときめくことだったろう。

 とはいってもそうした若手陣の参加はあくまでひかえめで、音楽的には70年代のアメリカとそれほど変わらない。1曲目はアコースティックギターの旋律から始まる。その憂いのあるメロディラインはまさにアメリカ。2曲目の「インディアン・サマー」は少しノスタルジックな感じにさせられる曲。ここでも間奏のギターのメロディラインが美しい。3曲目の「ワンチャンス」もアメリカらしい、コーラスに比重が置かれた曲。この曲のバックはジェームス・イハだが、その控えめなコーラスが実によい。使い古された表現だけれども、まさに聞いたら耳から離れなくなる素敵なメロディなのだ。

 なかでもAlways Loveは、このアルバムの中ではアップテンポで、ロックっぽいエッジの効いた音とアコースティックの静けさがよいバランスで配置されている、このアルバムのクオリティの高さを象徴する曲だろう。

 4曲目はマイ・モーニング・ジャケットのジム・ジェームスの曲。6曲目の「ライド・オン」という曲にはライアン・アダムスとベン・クウェラーも参加している。こうした若者たちに囲まれてアルバム制作がされたわけだが、企画物ではまったくない。どの曲も新鮮で色褪せない魅力をたたえている。

柴崎友香『春の庭』(2014)

 3人称で書かれた小説を特徴づける要素のひとつは書き手と登場人物の意識の関係である。書き手がどこまで登場人物の意識の中まで入り込んで、それを叙述するかという問いである。それに続いてもうひとつの問いが生まれる。意識と振る舞いの関係、すなわち登場人物はどれほど意識して振舞っているのかという問いである。

 実はこの二つの問いは小説という仮構世界だけで投げかけられいるわけではない。この現実世界においてもこれらの問いを私たちは多かれ少なかれ自分に投げかけていないだろうか。自分の心に浮かんでくることを私たちはある程度意識することができるし、そしてその意識にしたがって行為をすることもできる。

 だがこの意識の意識化と意識に基づいた行為は、日常において徹底されることはない。それどころか私たちはたえず流れてくる意識をある程度は意識しても、それはすぐに流れていく。またたえず流れていくからこそ、私たちは自明の意識に基づいて行為するよりも、まさに「流れにまかせて」動くこともある。

 小説の方法論においてもこの二つの態度をとることができる。ひとつは心理を解析し、行為を説明づける方向性である。もうひとつは意識の流れそのものを描写する方向性である。

 『春の庭』は、一見前者に属するようでいて、後者の描写の可能性を限りなく繰り広げた作品である。そしてそれをあくまで日常の画定された生活の中で描ききるという野心的な試みでもある。それはすなわち、私たちが普段「意識しない」意識の襞を言語表現によって初めて意識に立ち昇らせるという営みである。

 「意識しない」にはさまざまなヴァリエーションがある。ひとつはクリアな像を描くところまで意識化を徹底しないこと。主人公の太郎の質(たち)は次のように描写される。
  

太郎はなにをするにも「面倒」という気持ちが先に立つ質だった。好奇心は持っているのだが、その先にある幸運やおもしろみのあるできごとを無理して得るよりも、できるだけ「面倒」の少ない生活がよいと考えていた。(pp.27-28.)

 つまり好奇心という気持ちは湧いてきてもそれを突き詰めることはしない。意識にそって行為する前に、その興味の対象から離れていってしまう。

 おぼろげな意識の流れは、たとえば朝早く目が覚めてしまうときに現れる。カラスー生ゴミーカラスの羽を黒く染めてしまい逃げ出すフクロウー保育園の教室と意識は流れていく(pp.32-33.)。

 そしてこの作品でもう一つ、意識の流れに必然的につきまとうのが想起と忘却の機能である。太郎は10年前に父親を亡くしている。10年という月日の中で、父親の死んだことさえ忘れることがある。だが忘れたことさえ忘れるところまではいかず、太郎は想起の中に時折呼びもどされる。

 この小説は太郎という自意識だけを問題にした作品ではない。登場人物同士の意識の交錯とずれがたえず描かれている。そして幾分唐突に、だが大抵は善意をもって、お互いが他者の領域に入り込んでくる。アパートの住人たち、そして近所の住人という設定であるが、そのなかで人々が自分のテリトリーに他者を招きいれるのである。そこに「家」というモチーフが生まれる。

 おすそ分けだけならばとりたてて珍しくはないが、作中の人物は他人の部屋に上がり込み、ときには庭にまで侵入をする。さらに小説の最後では太郎は空き家になった「水色の家」に上り込む。だが、登場人物たちは、一見交流をしているように見えて、実はつかの間の「交錯」をしているにすぎない。やがて壊されるアパートの住人たちは、他者との交流が本格的に生まれる手前で、その場を立ち去って行く。

 太郎と並んで主人公とも言える、同じアパートの住人「西」は、水色の家に昔から執着心を抱き、ついにはその隣のアパートに引っ越し、挙句の果てに水色の家の新たな住人と交流を持って、家に上がるようになる。だがそれもつかの間、西は母のいる千葉へと引っ越し、住人も転勤で家を離れる。

 この小説の人物たちは、どこかで少しだけ過剰で、どこかで少しだけ何かを欠落している。だから人間関係においても、少しだけ唐突にこちらの領域に踏み込んでは、かすかに触れただけで、あっけなく去っていってしまう。

 だがそれは私たち人間の意識の明晰さへの弱さを物語っていないだろうか。意識をさらに突き詰めていき、物事へのこだわりを鋭敏に持ち続ければ、おそらく私たちはその意識の強度に実は耐えられず、日常から脱落してしまう。登場人物たちにはさまざまな偶然の共通点がある。しかしそれを言明化はしない。
 

太郎は、自分の名前があの水色の家に住んでいた男と同じことも、西と同じような市営住宅の団地で育ったことも言わなかった。

 もしここで共通の体験を持ち出せば、そこに共感が生まれていくはずだろう。人間関係はより親密になっていくだろう。だが、作品中にさまざまな共通の符号がちりばめられていても、決してその符号は共有されず、意識からは遠ざかってゆく。

 私たちが正気でいられるのは、実は共感の一歩手前で意識し続けることをやめてしまうからだ。もしそのまま自分の執着心をさらけ出したり、他者との一体感に溺れたりすれば、それは結局意識を白日の狂気にさらすことになる。日常とはこの意識の働きを眠らせておくこと、意識を徹底化しない訓練によって成り立つ。生き続けることと意識の明晰さとは実は反比例しているのかもしれない。その矛盾をあくまで日常に徹して書いたのがこの作品ではないだろうか。