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Billie-Marten-Writing-of-Blues-and-Yellows-Deluxe-2016.jpg 16年に出されたイギリスの女性シンガーソングライターBillie Martenのデビュー・アルバムである。基本はギター、あるいはピアノの弾き語りにあわせてささやくように歌う。しかし素朴なフォークではないし、決してかよわさや清らかさを単純に表現した音楽ではない。

 曲ごとに様々な意匠がこらされ、奥行きのある音作りになっている。プログラミングされた加工音、弦の音が響くストリングス、そうした数々の破片の音がギターとピアノで構成される空間を無限に広げてゆく。

 その音を聴いていると、弦の擦れる音がまるで船の櫂を漕ぐ音を想起させ、ゆっくりとこの世界を離れてゆくかのような幻想を抱かせる。Heavy Weatherはイングランドの冬に雨に打たれながら歩く二人を描写する。雨、光、暗がり。その自然そのものの風景がいつしか現実感を失わせる。その現実と幻想のあわいにこのアルバムの魅力があるように思う。

 そしてその世界が、ドノヴァンのフェアリーな雰囲気や、バート・ヤンシュのトラディショナルな音構成や、ニック・ドレイクの静謐な叙情へとつながってゆく。

 はからずもブリジット・セント・ジョンやヴァシュティ・ヴァニアンといった女性ヴォーカルが浮かばなかったが、彼女たちのもつほのかな明るさが、このアルバムにはあまり感じられないのだ。たとえばIt's a fine dayという一見晴れた日を歌う曲があるが、その場所にいて主人公が思い出すのは、かつてこうして野原に座った過去なのだ。はっきりと語られないがきっとそれはもはや失われてしまった過去だろう。
  
 この作品で歌われているのは、人の心には知らないうちに微かな傷がついていくことに気づいてしまったティーンエイジャーのまなざしではないだろうか。無邪気さや素朴さを最初の喪失として体験したときの表現がこのデビューアルバムにはこめられている。

TTB_Cov_5x5-HI.jpg これまでの2枚のアルバムとはかなり趣の異なるアルバムである。RevelatorやMade Up Mindを聞いたときには、例えばMidnight in Harlemのようなアルバムを代表するような名曲や、The Stormのようなデレクの荒れ狂ったギターが堪能できる曲など、これぞ真打ちと呼べる作品があった。しかし今回のアルバムにはそのような圧倒的に飛び抜けた曲はない。

 その代わりどの曲を聴いてもひしひしと伝わってくるのは、お互いを理解しつくした演奏集団が繰り広げる充実した演奏だ。内ジャケットに写っているのは総勢11人。人数の多さにも関わらず、その一人一人のパーソナリティが伝わってくるようなアルバムだ。誰か一人だけにスポットライトがあたっているのではない。誰か一人が欠ければ到底成立しない絶妙なハーモニーとバランスが作り上げる、しなやかだけれども強靭なバネがどの曲をも貫いている。

 その結果、このアルバムには完成された曲を楽しむ以上に、メンバー一人一人の卓越した演奏によって曲が生まれてゆく、その過程に立ち会っているかのような楽しみにあふれている。メンバーが間合いをとりながら、音楽を生んでゆく生成の時間こそグルーヴと呼びたい。

 「オレがオレが」という私心がないぶんだけ、リラックスした印象を多くの曲から受ける。そこからさらにジャム感覚の自由さが加わる。そのためか、これまで時にやや力みがちに聞こえていたテデスキのヴォーカルも今回は、いい感じに力が抜けている。4曲目のRight On Timeは、今までにはない、ユーモラスとペーソスをたたえたジャグバンドを思わせるような曲である。街から街へと流浪しながら日銭をかせぐ旅芸人一座のような風情だ。この曲ではマイク・マティソンが最初ヴォーカルをとり、その後テデスキにバトンタッチして、男女の仲直りを演じているが、二人のセリフまわしが面白い。

 これまでの2枚がバンドとしての可能性をどこまで追及できるかという多少緊張がみなぎる雰囲気だったのに対して、今回のアルバムでは、その試みを経たことによる、バンドへの十分な信頼を各自が持ってパフォーマンスをしていることが印象的だ。例えばMidnight~と8曲目のHear Meを聞き比べてみるとその印象はより強まるだろう。どちらもノスタルジックな落ち着きのある曲だが、Hear Meはアコースティックギターの生音を聞かせ、ドラムの刻みはやや控えめ。バックコーラスはよりやさしくテデスキによりそっている。歌詞の内容もパーソナルな恋の歌である。Midnightの楽曲の完成度からみれば、小さくまとまっているようでありながら、大地に根を張ったようなゆるぎない自信を伝えてくるのはむしろHear Meではないだろうか。

 マイク・マティソンがリードヴォーカルをとる曲もある。これなどは、時に応じて自在に役割を交代してゆくバンドのしなやかさを強く示している事例だろう。だれがリーダーなのでもなく、それぞれが共同体の一員として、自由に音楽をかなでる。そののびやかさがこのアルバムの特徴だ。どの曲にも派手さはない。しかしこれ見よがしの「ウケる」曲を作る必要はさらさらないだろう。ここには共同で自分たちがよいと思うものだけを作り上げる職人魂が十分につまっている。その中に私たち聞き手も誘われて、いつのまにか手拍子を鳴らす。曲のクレジットで手拍子がAllと書いてあるのは、単なるデータではない。それはみなが手をたたき、ともにあることの歓びの伝え合うための記録なのだ。このアルバムはテデスキトラックスの「歓喜の歌」だ。