Lucinda Williams, West (2007)

west.jpg ルシンダ・ウィリアムスのしわがれ声は、人とハーモニーを奏でるような声にはなりえない。呼吸を合わせることはおおよそ困難な異質な声だ。それが彼女の魅力なのは明らかだが、それにしてもWhat ifでの彼女の声のかすれ具合は、尋常ではない。まるで泣いて、泣いて、声も出なくなり、それでもかろうじて絞り出しているかのようだ。hasやhouseなど[h]の呼気はほとんどかすれてしまい、聞いているこちらが苦しくなる。

 What ifは、絶望に沈んでいる人間が、それでも何か頭の中に描こうとしたときに、ふと浮かんでくるような非現実的なイメージが歌われている。娼婦が王女となり、月に雨が降り、花が石に戻り、といったイメージが次々と歌われているだけだ。それは精神的に追いつめられた人間が、唯一残している悲しい想像の自由の世界であり、その悲しみは、これほどまでにつぶれた声でなくては表現しきれないかのようだ。

 次のWrap My Headは9分にも及ぶヘヴィーな曲。捨てた元恋人に対するつぶやきが祈祷のように延々と繰り返される。それにあわせてドラム(ジム・ケルトナー)が激しくリズムを打つ。Unsuffer Meの重々しいギターもほとんど絶望的な気分にさせられる。

「別離」がテーマである。恋人との別れ、母親との死別。愛する人がいなくなってしまったとき、私たちはその愛をどこに向けてよいかわからない。行き場を失った愛は、私の内奥へと向きを変え、自分を傷つける絶望となる。もうだれも助けてはくれない、救ってはくれない、癒してはくれない。その苦しみがルシンダ・ウィリアムのしわがれた声によって伝わってくる。

 歌詞の中の「あなた」と呼びかけられる存在はもはや目の前にいない。「元気?」(Are You Alright ?) と呼びかけるその相手が、今、どこで、どんな暮らしをしているのか知ることもできない。「愛してるわ」(Mama You Sweet)と呼びかける母親はもはや決してことばを返してくれることはない。そんな行き先を失ったyouへ向けられたとてもパーソナルなアルバムだ。

 それでもwestには、不在を抱えながら歩こうとしている毅然としたルシンダの姿を見いだすことができる。不在の中から生き方を学ぶと歌うLearning How To Live。表現者として言葉を手放すことはないと信じるWordsなど、決して表現を失うことなく、むしろ喪失に言葉を与えるしたたかな試みがこのアルバムにはある。ジャケットのルシンダは屹然と見えない先を睨んでいる。

 大傑作という称号はCar Wheels On A Grave Roadにふさわしいが、Westは、どんな人生であっても感情を殺してでさえ、その人生を厳しく見つめ直し、生きることを選択しなくてはならないと強い意志を投げかけてくるという意味で、私たちが対峙しなくてはならない、心の中に石を抱かせるようなアルバムだ。