Eric A. Havelock(エリック・A・ハヴロック)『プラトン序説』

 「これらの詩人たちは神々のことについてはいうまでもなく、あらゆる技術と、悪徳と徳にかかわるすべての人間的なことがらについても専門知識をもつとされている」(プラトン『国家』598E)詩人とは個人の芸術的創造を行う者ではなく、社会において必要な知識、しきたりを伝達する役割を持っていた。その行為は声によって行われたのである。そして文字の導入は、この古代ギリシアの文化にどのような変化をもたらしたのか?声の文化から文字の文化への移行に、プラトンによる詩人批判(国家追放)の理由を探ったのが、本書である。様々な知識を記憶するためには、自分の具体的な体験に結び付けて、覚えるのでなければ、到底覚えきれるものではない。「覚えるべき」ことを復唱する(真似する)と同時に、そこに個人の体験を練りこんでいくのが、口承の文化であった(主観と客観の混同)。「生きた記憶」によって、法や慣習が保たれていたのである。それに対して文字の文化では、個人とは、「覚えるべき」ことを批判的に吟味し、検証していく存在となる。つまり文字文化において、人は「自己」に目覚める。その自己は熟慮をし、深く物事を分析・理解するようになる。そして抽象的な思考が可能となるのである(ここからイデアについての考えも生まれてくるだろう)。この個人とはだれか?それは哲学者である。プラトンの詩人追放とは、哲学者の登場を促すためであったのである。「彼ら哲学者たちは、生成と消滅によって動揺することなくつねに確固としてあるところの、かの真実在を開示してくれるような学問に対して、つねに積極的な熱情をもつということを確認しておこう」(プラトン『国家』485B)

エリック・A・ハヴロック『プラトン序説』(新書館)